恋愛Jigsaw Puzzle
「いいよっ、それでもいいっ」
「え?」
言ったあたしの言葉に、寿ちゃんは驚いたみたいだ。ほんとは嫌だ、なんて口に出しては言えない。だって、そんなのあたしのわがままだもん。それよりも、寿ちゃんにちゃんと伝えなくちゃいけない言葉があるんだ。こんなところで泣いてたって、解決なんてならない。このままじゃあ寿ちゃんは独りだって思ったまま。そんな勘違いしてほしくないんだ。
「と、しちゃんがあたしを信じられないなら、それでも良いからっ、でも、だからって、野球をあきらめたりしないで!だって、プロになるんでしょ!」
「プロなんて、昔の小さいころ言った戯言だよ」
「うそつき!」
今の寿ちゃんの嘘なら、どんな嘘だって見破れるよ。だって、そんな未練がましい目で野球見て、戯言なんて言わせない。遠目からみても、伝わってくるんだもん。野球が好きだって。野球をしたいって!それなのに、そんな嘘、寿ちゃんに似合わないよ!
「今でも好きなくせに!!好きなら、好きなら続けてよ!」
「無理だよ!!」
「無理じゃない!!」
知ってる。ほんとはおばあちゃん達に遠慮してる事。でも、そんなんで諦めてほしくないよ。そんなこと、おばあちゃん達は望んでないんだよ。それを知らないまま野球なんて辞めないで。
「なんで無理って決め付けるの!頑張ってよ!辛いなら、辛い分野球をしてよ!寿ちゃん、言ってたじゃんっ!どんなにつらい時があったとしても、野球してる時が凄く幸せだって!そんな風に思えるものがあるなら、それまで捨てないで!それに、寿ちゃんは、一人じゃないよ!」
「秘密だよ」
そう言ってたおばあちゃんの顔を思い出した。…ごめんね、おばあちゃん。約束、守れそうにない。秘密なんて無理なの。だってあんな素敵な秘密、知らないままなんて寿ちゃんが可哀想だもん。それにあたしが、嫌だ。こんなに、寿ちゃんは大切に想われてるのに。だから、…わかって、くれるよね?
決意して、あたしは無理やり寿ちゃんの手を掴んで、走り出した。「ちょっと!っ!」って寿ちゃんの声が聞こえたけど、気にしない。涙をぬぐって、走り出す。もしかしたら、手、前みたいに振りほどかれちゃうかなって不安だったけど、それでも寿ちゃんの手があたしから離れることはなかった。そのかわり、いつもみたいに握り返してなんかくれなかったけど。
★★★
また電車に揺られてそして、しばらくしてついた先は、寿ちゃんの家の近く。正確には、寿ちゃんが今住んでるおじいちゃんおばあちゃnの家の近くだ。そこにたどり着くまで、あたしと寿ちゃんの間に会話はなかった。そのせいか、あたしは寿ちゃんの顔を殆どまっすぐ見ることなく、ただ手を引っ張って歩いてここまでつれてきた、って言っても良い。だって、きっと怒ってる。でも怒ってるのについてきてくれたことに感謝して…そしてあたしは昨日来たあの曲がり角の手前で立ち止まる。
「一体こんなところで何…」
ずっと黙りこんでた寿ちゃんが息ひとつ乱れてない声で聞いてきた。あたしはぎゅ、っと寿ちゃんの手をにぎって、「あっち」って手をつないで無い方の指で曲がり角を指さした。納得言ってないって顔の寿ちゃんが、それでもあたしの指を追ってそっと曲がり角の奥を覗き込む。そしたら、寿ちゃんのおじいちゃんの姿。
「寿ちゃんのおじいちゃん、確かお店閉めてたんだよね。もう年だからって。でも、またやってるんだよ」
「……」
おばあちゃんが秘密って言ってたことはほんとだったみたいで、寿ちゃんは信じられないって顔、してた。じっとただ黙って見つめる寿ちゃん。
「休日も休まずに頑張ってるんだよ!寿ちゃんに内緒で!言ったら寿ちゃん、気を使わせちゃうからって!普通あそこまで頑張れないよ!」
「でも裏を返せば寿ちゃんの事想ってのことだよね!?寿ちゃんが大好きだから、だから頑張ってああやって働いてるんだよね?…一人じゃないんだよ。寿ちゃんは、だから一人じゃないんだよ!」
ぎゅ、って寿ちゃんの手を強くにぎる。やっぱり寿ちゃんは手を握り返してはくれなかった。
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それからしばらく沈黙が流れた。それくらい経ったのか、
「心のこもった声なら、届くんじゃない?…さんの声なら、ね」
大河君の言葉を思い出す。あたし、これで間違ってないかな。ちゃんと、できたかな。そう考えて…うん、出来たって。精一杯伝えること伝えた。これで駄目だったら、しょうがないって。だけどきっと寿ちゃんなら絶対野球やめないって、思ったんだ。もし、今すぐに野球やるなんて言わなかったとしても、やるって言うまで頑張れば良いんだよね。例え、寿ちゃんがあたしのこと信じてなくっても。…それが、あたしの寿ちゃんへ出来るたったひとつの事なんだから。傷つけたあたしがしなくちゃいけないことなんだから。たとえ、もう幼馴染にも戻れなかったとしても。…野球、やってくれるなら、うん。良い、よね。
「ほんと、だね」
泣きそうになっていたあたしの耳に、聞こえてきた声。え、って寿ちゃんの顔見ると―――あの寿ちゃんが、泣いてた。「……」あたしはなんて声をかければいいかわからなくて。そうこうしてるうちに寿ちゃんはぐって空いてるほうの自分の腕で涙を拭いて
「…の、言う通りだ。…一人じゃないのに、ね」
そう言った瞬間、表情が柔らかくなって―――あ、あたしの好きな、寿ちゃんの顔だ。
……嬉しいのに、なんだか泣いちゃいそう。これがうれし泣きってやつかな。じんわりと心があったかくなるような感じがして…。ちょっとでもあたしの言葉は寿ちゃんに届いたんだって思ったら、うん、もうそれだけで満足だ。
「やるよ、野球。ちゃんと、続けるよ」
あたしの聞きたかった言葉が続いて聞こえてきた。ああ、もうほんとそれだけで、あたし、頑張ったかいがある。…寿ちゃんに信じてもらえないのは悲しいけど、前みたいに仲好くはできないけど、でも、寿ちゃんが野球やってくれるって、それだけで嬉しい。
「よ、かった。…寿、ちゃんなら、絶対プロになれるよ。だから、頑張ってね!」
出来るだけ、明るい声をだした。だって、もう喋るの最後かもしれないから。最後の最後、泣いたりしたら、それこそ寿ちゃんがまた気にしちゃうような気がして。最後の最後くらいは寿ちゃんに迷惑かけたくなくって、頑張って笑顔を作った。
「じゃ、あ…あたし、帰るね。…これからまた…頑張って!」
そう言って、今までつないだままだった寿ちゃんの手を離す。なんだか、名残惜しいな、そう思ったけど、もう一度きゅって握ったら、絶対離せなくなるような気がして。あたしは一気ににぎる力を弱めた。このまま、手がな腫れて、それでおしまい。そう思ってた、のに
「…………………とし、ちゃん?」
2009/08/30