年下の男の子
友達と、喧嘩をした。その子には好きな子が居て、私は色々相談とか、アドバイスとかしてた。彼女は私と同い年だったけれども、末っ子だからなのか、そういう気質なのか知らないけれど、自分にとって『親友、兼、妹』みたいなところが良くあった。私自身、姉と言う立場だという事も関係しているかもしれないのだけれども。そんな彼女に、『好きな人が出来た』と告白をされて、恋してる彼女を私なりに応援していたのだ。好きな人の事を話す彼女は、どの女の子よりも輝いていて、とても可愛く思えたものだ(友達の欲目も多少はあったかもしれないけれど)本当に、上手くいけば良いと、思っていた。だから経験少ない私ではあったけれど、頼られればもっと頼りがいのある女でいようと、何処か肩肘を張っていたのかもしれない。それに彼女の好きな人が私の男友達だったと言う事もある。だから出来る限り彼の事を彼女に伝えたし、大して恋愛経験も無いのに偉そうに話して聞かせたりもした。でも彼女はその都度本当に嬉しそうに笑ってくれたし、私もそうやって相談されるのが凄く嬉しかったのだ。
それが、今日。
彼女の好きな人に好きな子がいる事が判明した。その女の子が実は彼女。と言う漫画的良くあるオチなら良かったのだけれど、話を聞いてみると、年下の女の子だと言う事を知ってしまった。彼女は本気で落ち込んでいて、ああこういう時どういう言葉をかければ良いのか…悩んだ私は、本当に安っぽい言葉をかけてしまったのだった。
『でも、まだ望みが無くなったわけじゃないじゃない!頑張れば何とかなるかもしれない』
でも本気でそれは思っていた事だったし、彼女の好きな人もまだ片想いで全然前に進めていないとの事だったから、まだまだ挽回の余地はあると、本当に思っていたのだ。彼女は彼の好きな子が可愛いから、勝てる筈が無いと弱気になっていたけれど、私はそうは思わなかった。彼女だって十分に可愛いと思ったし、きっと彼も彼女の事をもっと良く知れば好きになる可能性も十分にあるのに。と本当に、思っていたのだ。
『わ、私はっ、ちゃんのように強くない!そんな事、簡単に言わないで!好きな人に別の好きな子が居るって聞いたらショックなの!それからでも負けず頑張るって思えるほど、私は強くないの!皆が皆ちゃんみたいじゃないんだからっ』
……痛かった。彼女が泣いたところを見たことが無いわけじゃなかったけれど、一番今までで一番傷ついていて、辛そうで…今までで一番私の胸も痛かった。それは泣き顔を見た所為なのか、彼女の言った言葉に傷ついたのか。
でもそう言われてしまって私に言える事は何も無い。ただ、『ごめんね』と笑う事しか出来なかった。それが、さっきの出来事だ。
「あー…もう、ほんとやだなぁ…」
ぐず、と自分の鼻が鳴る。彼女と別れて走って逃げてきた先は、校舎裏。人目に付かないところと言ったら此処しか見当たらなかったのだ。そうして、座り込んだ瞬間、今まで我慢していた涙が吹き出るように溢れ出て、止まらなくなってしまった。彼女の言葉が、頭の中から離れない。痛い、痛い心が。
本当は、私にだって言い分はあった。でも、彼女に言ってしまった言葉はきっとその時に言っては駄目だった事だと思うから、ぐっと堪えた。だけど、でも。
「私だって、普通に傷ついたり、する…のになぁ」
どちらかと言えば、同年代の女の子達から大人っぽいね、とか色々言われていたけど。頼りになるとか、お姉さんっぽいだとか言われたりしたけれど。でも、本当は違う。私だって普通に泣きたくなったりするときだってあるのだ。ただ、周りにそれを上手く表現出来ないだけ…。でも、そんなのはきっと他の子には伝わらない。言わないと伝わらないって解ってる。変にプライドが高いのだろう。頼られるのが嬉しくて、「有難う」って言われるのが嬉しいから。弱いところ、見せたらそれがなくなっちゃうんじゃないかって思うと、怖くて言えない。傷ついたところを見られたら、幻滅されちゃうんじゃないかって思うと、どうしても自分が曝け出せなかった。
「先輩?」
「っ」
一人、泣いていると、突然声を掛けられた。振り返らなくても解る。私を先輩なんて呼ぶのは彼一人だけだ。出来るだけ、会いたくなかった。だって、彼は彼女の好きな人の後輩、なのだから。こんな所見られたくない。しかも相手は後輩で。こんな、泣いてるところなんて知られたくなかったのだ。けれど、誤魔化せない。喋ると泣いてる事がバレてしまいそうで、私は息を呑むことしか出来なかった。そうすれば、不思議そうな顔が私の顔を覗き込んだのが、涙目でも解った。
「どうしたんスか?」
「ちょ、な、何でも無いから!」
泣き顔なんて可愛くもないし、みっともない。私の泣いている姿を見て、目をまんまるくして驚いている彼の顔をぐいっと押しやって、私は必死で顔を見られまいとした。けれども、直ぐに私の手が彼の手に掴ってしまって「何でも無いわけ無いじゃないッスか!」と反対に怒られてしまった。ポロリ、と反射的に涙が頬に落ちる。そうすれば切原君の顔に焦りの文字が窺えた。
「うわ!す、スンマセン!強く言い過ぎました!で、でも…その、泣いてるのに、何でも無いわけないって思うし…!」
どうやら更に泣いたのが、自分が怒った所為だと思ったらしかった。慌てながら手振りを大きく振り動かして必死で私を慰めようとしてくれている。また顔を覗き込まれたけれど、今回は押しやる事が出来なかった。ただ、「ち、がう、」と切原君の所為でさっきの涙が零れたのでは無い事を必死で伝えたいと口を動かす。だのに、こういう時って上手く声が出てこなくて、掠れた声になってしまった。それでも何とか伝えたくて途切れ途切れに言葉を紡ぐと、切原君は私の横にぴったりとしゃがみ込むとやっぱり私の顔を横から覗き込みながら言った。
「…お、俺で良かったら話聞きますよ!」
普段の私なら、大丈夫って言ってるところ。だけど、相当自分でも知らないうちに参っていたのかもしれない。その優しさに縋ってしまいたくなって、私はまたゆっくりと喋り始めた。こんな事、殆ど喋らない後輩に言うのなんて間違ってるって思ってるのに、口は止まらなかった。きっと誰かに聞いて欲しかった。でも、生憎こういう弱音を吐ける友達が私には居なかったのだ。
ぐずぐず、と涙も鼻も止まらなくて、かなりかっこ悪い状態だったけれど、全部話し終えた。言った後、少しだけすっきりしたのが正直なところ。でも、言った後不安になる。私ばっかりが良い思いしてしまって、切原君に負担を掛けてしまったんじゃないかと。…恐る恐る彼を見ると、丁度彼も私を見るところだったのか、ばっちりと視線があってしまって、何か…気まずくなってしまい、私はすっと俯いた。そうすれば、ぽんぽん、と頭を撫でる不器用な感触。
「辛かったッスね」
「っ」
「ずっと、誰にも言えなくて、…頑張ったんですね」
不器用な手の動きはそのままに、静かな声が振ってきて、私はまた涙が溢れてきた。良くこんなに涙が出るなって感心する程私は今日泣いてるかもしれない。でも無理矢理に押し込めようとしても、やっぱりどうしても止まってくれなかった。そうすれば、私が涙を堪えようとしてる事を感じ取ってしまったのか「今は無理しなくて良いんスよ」と声が掛かって、やっぱり私の涙は止まる事は無かった。寧ろどんどん加速して、ポタポタと次々に下に落ちて私の制服を汚していく。
「少しくらい、弱いところ見せたって良いじゃないッスか。そんなんで軽蔑する人いないと思うし、寧ろ、俺は先輩の事嫌いじゃないッス」
「寧ろ、嬉しいって言うか…」と彼の声が少し弾むのが解った。何で、と聞きたくて彼の顔を見ようとしたけど、でもさっきよりも出続ける涙の所為で顔が見えなかった。ぼやけた視界の中、切原君はどんな顔をしているんだろうか。こんな日に限ってハンカチを忘れてしまった自分にちょっと嫌気が差す。すると、切原君の手が私の顔に近づいて、ゆっくりと親指の腹で私の涙を拭った。それでも次々に流れる涙。拭っただけじゃ変わんないッスね。と切原君が苦笑交じりの声を出した。カア、と顔が赤くなる。さっき無理に止めなくて良いといわれたけれど、やっぱりちょっと…と遠慮が湧き上がって来た。
「ご、ごめ…止めたいんだけどハンカチ、忘れて…っ」
またごめん、と謝ってぐしぐしと手の甲で拭った。
「ああ!先輩、そんな乱暴にしたらダメっすよ!」
言ったと同時に切原君に手首を掴まれてそれ以上拭えなくなってしまった。それから直ぐして更に手首をぐいっと切原君の方に引っ張られてトン、と私は落ちるように切原君の胸に傾いた。それから手首を捕まれてない反対の手が私の肩を抱きしめた。トクントクンと切原君の心音が聞こえてくると同時に、それ程近い距離に居る事に今更ながらドキドキしてしまう。どうにか離れたくて身じろいだけれど切原君の手が離れる事は無かった。「涙、俺の制服で拭えば良いッス!」まるで私の疑問を読んだようにそう言われて、手首を掴んでいた手が離れて今度は私の後頭部に回った。それをぐいっと切原君の胸に押し付けられる。完璧にお互いの顔が見えなくなる。
ドクドクドク、と心臓が煩い。自分の音なのか切原君の音なのか解らない。でもこんなドキドキする中でも私の涙は止まってくれなかった(ほんと、どんだけ出るんだ!)
どれくらい経っただろうか。結構長いような、実際は短いような良く解らない時間間隔。涙は未だに終わりを見せずにグスグスと流れては切原君の制服を濡らしていた。さすがにヤバイと思って、ぐい、っと彼の胸を押し返すと、今度はあっさりと彼の距離が離れた。それから、また顔を覗かれる。
「涙、止まらないッスね」
「…ねえ、何で此処までしてくれるの?」
切原君の言葉を無視して、ずっと思ってた事を口にした。だって、切原君と話したのは本当に数回だ。丸井の忘れ物をテニス部まで届けた先でついでとばかりに紹介されてから、時々出会うと挨拶を返してくれる程度。親しい話をしたわけじゃないし、実際私は彼の事を知ってるかと言われれば余り知らない(テニスが上手いと聞いた事あるくらいだ)そんな浅い付き合い。知り合いと言うには余所余所しいけれど、友人と言うには厚かましい。そんな関係なのに、どうして此処までしてくれたのだろうか。そうすれば切原君は目を丸くさせて、それから怪訝そうな顔して不機嫌そうな表情を作った。
「それ、素で聞いてんスか?」
何処かふて腐れた風な顔。コクリと頷くと切原君は眉根を寄せて私を見つめて(睨んでいるかもしれない)いたけれど、ハアっと今度は呆れたため息。それから切原君は百面相すると再度私を見て
「もしかして俺、泣いてる女には皆こういう事してるって思ってません?」
「…え、お、思ってないよ…」
「今間があった!」
そう指摘されて、私は言葉に詰まってしまった。いや、ちょっとだけ思ってしまった。何かちょっとだけ慣れてるような気がしたからだ。またじっと見つめられて、でもその顔はぶー垂れたちょっと子どもっぽい顔。「思ってないよ」ともう一度繰り返すと、彼は怪訝そうな顔の後、真剣な表情を作った。
「ほんとに!…こんな事、好きな女にしかしないッスからね」
「え、好きな、女って?」
「………もしかして、言わせたいの?」
突然の台詞に思わず聞き返してしまったら、切原君の顔がまた少し訝しげな顔になった。ゴク、と生唾を飲み込むと、ちょっとの沈黙の後、切原君がガシガシと頭を乱暴に掻き毟って、
「俺は先輩だから、こうしたんです。先輩の事が大好きだから!」
「え、あ…えっと」
「だから…俺には頼ってくださいよ。…今はまだ、頼りねェかもしんないッスけど…先輩が泣きたい時にはいつでも駆けつけますから」
それは余りにも真剣で、流せる雰囲気じゃなかった。ううん、初めから流そうなんて気、私には無いのかもしれない。ポタリ、とまた新しい涙が零れ落ちる。そうしたら、切原君の手が躊躇いがちに伸ばされて、私はその手に静かに縋りついた。
― Fin
後書
甘い感じが書きたかった訳じゃないです。でも此処まできといて最後に落とすのがなんかなと思ったのでとりあえず此処でやめました。甘々好きな人は此処までのほうが良い。
その後が気になる人は此方からでもいけます→やっぱり年下の男の子
2008/06/14