「最近、誰かに見られてるような気がするの」 真顔で友人に相談したら、「それって幽霊じゃない?」なんて笑い飛ばされた。・・・え、ちょっとちょっと。結構マジな話なんですけど。 スっとまっすぐな 視線 中学生と言う思春期なお年頃になれば、恋愛経験の一つや二つ・・・なんて超えちゃってる子が最近多いと思う。例えば、好きな人が出来た、とか。誰々に告ってOK貰っちゃった!とか、初めて彼氏出来ちゃった、ウフフなんて言うのが最近の現状だ。中学生と言う不安定な枠は、微妙な乙女心と男心で成り立っていると思ってくれて構わない。 暇な放送委員が、最近実施したアンケートで、初恋はいつですか?なんて質問があったのを思い出す。結構みんな経験済みだと言う回答が多かった。そんな回答の中で、私はゴク少ないほうの「NO」回答者だ。はっきり言って私は恋というものをしたことがない。今までの人生の中で(て言っても13年とそこらですが)恋愛の「レ」の字も浮かんでこなかった青春時代を思い返せば今の状況も納得だ。 自慢じゃないが、告白をされたことなら、ある。中学に入れば好きだ腫れたなんて色恋沙汰が増えたりするもので、私も1度だけあったりするが、でもそれは恋の始まりにもならなかった。丁重に断った後の教室へ帰ってからの友達の尋問を思い出す。勿論断ったことを伝えれば「勿体無い!」と友人達は口を揃えて言った。 友人いわく、中学生にもなれば、恋人って者が欲しくなるらしい。何でも友達も良いけど、彼氏が出来ると更に学校生活が楽しくなりそうだから、だそうだ。『だそうだ』と言うのは彼女達は彼氏いない歴=年齢と言う履歴を更新中だからだ(そうは言っているが私もその一人だ)じゃあなんで楽しそうだと思うのか?答えは明確。現に付き合っているクラスメイトなどを目の当たりにしているからだ。トコロ構わず二人の世界!ラブラブ中なんですよとまるで世界は二人しかいないような錯覚に陥っているんじゃないかと言うくらいの熱愛振りを毎日見ていたら、私なら反対に嫌気が差す、と思うのだが。彼女達も「バカップルめ」なんてバカにしていたが、結局は羨ましいのが本音だそうだ。 こんな時の女心は、難しいと思う。同じ女でありながら、一体何が言いたいのか、不思議に思うことが山ほどだ。そう言ったら、彼女達は「恋してないからだよ!」とまたまたあわせたように口を揃えて言われたが、そもそも「恋」とは何なんだろう?そこからまず疑問な場合はどうすれば良い?と言うか、皆は何故今自分が「恋」しているかわかるのだろうか。 この年になれば「好き」に種類があることくらいわかってるつもりだ。「家族愛」「兄弟愛」「友愛」「自愛」色々ある。じゃあそれがどうして「恋」の好きだとわかるのか。・・・だって、わからない。男の子と話したりしたことは勿論ある。そこで好感を持った男の子も少なからず居る。だけどそれは「ああ、良い人だなー」とかのそういう「好き」の部類だと思う。これは恋じゃないわけでしょう?なのに彼女達はどうしてそれが「恋」なんだと明確にわかるんだろう。「男友達の好き」と「気になる人の好き」の違いが未だに良くわからないのだ。 「だからさー、はまだおこちゃまなのよ」 「・・・恋をしたら大人になる、なんてその安直な答えはどうかと思うけど?」 「でも、本当に無いの?好きになったこと」 「無いよ」 最近の休憩時間のお話と言えば、恋愛関連ばかりだ。所謂恋バナと言うもので、皆机に集まって、時にはひそひそ話なんてしちゃったりする。恋バナと言っても種類があって、「自分の好きな人を暴露する」とか「クラスメートの誰さんが誰くんを好きだ」とかそういう会話もあって、そして今行われているのが、「私の恋について」のお悩み相談・・・だそうだ。別に悩んでないんだけど。 皆から伝わる熱い視線に、かなり居心地の悪さを感じながら、私は買ってきたパックのコーヒー牛乳を飲み込んだ。 「大体、恋バナでどうしてそこまで盛り上がれるのかわかんない。非情に疑問なんですけど」 「だーかーらー!」 間延びした友人の声が騒がしい教室にかき消されそうになりながらも私の耳へと届く。そして、続くのは「うちらも思春期じゃん?」の台詞だ。思春期だからって全部を全部「恋」に費やさなくても良い気がする。と、思ったが、余りにも彼女達の目は真剣で、私は口を噤んでしまった。 「今はまださ、うちら彼氏いないけど、出来たらバラ色だと思うんだよね!」 そう言った彼女はきっと彼氏が出来たら迷わず男を取るタイプだ、と思った。そこまで侵食されるようなものなんだろうか「恋」って奴は。そうまで考えて、彼氏もちのクラスメートに視線をやった。・・・確かに、侵食されているかもしれない。そういう結論に達した。まあ、人それぞれ、個人にもよるんだろうけれども。 恋をしたことがない私にとっては実にくだらなく思う。なんでもかんでも相手に合わせれば良いってものじゃないと私は思うのだ。彼は彼、自分は自分でしょう?って。いつでも一緒とかちょっと信じられないとか思っちゃうあたり、私に恋愛は向いてないのかもしれない。 今も尚、熱烈な妄想を繰り広げている彼女達をぼんやり見て思った。 そこで、ふっと、気づく。 「―――ん?」 視線。最近いつもの事だ。けど、私が振り向いた時にはそれはもう誰の視線かなんて解らなくて。見られてたような辺りを見渡すけれど、今日も結局同じだ。誰からのだったのか、なんて解らない。時々目が合う人もいるけれど、でもそれが私を見ていた人物だとは考えにくいわけで・・・。キョロキョロしていた私を不思議に思った友人が「どうしたの?」と声をかけてくる。どうしよう、言うべきか?暫く考えた末、私は「多分、気のせいだと思うんだけどね」と釘を打って、喋りだした。 「最近、誰かに見られてるような気がするの」 声は小さめ。だけど友人達全員に聞こえるような声音で言い放った。そうすれば、目の前の彼女達はぽかあんと口を半開きにするのだ。そして、出てくる声は皆一緒。笑い声、だ。真顔で友人に相談したのに、「それって幽霊じゃない?」なんて笑い飛ばされる始末。・・・え、ちょっとちょっと。結構マジな話なんですけど。有り得ないから、なんでそんな爆笑すんの?私の頭の中は軽く怒りが湧き上がってくる。 「真面目に言ってるのに!」 「もしかして、自分に好意を寄せてる男子から、なんて夢見ちゃってるんじゃないの?」 「ち、違うけど・・・!」 そんなことは思っちゃいない。だけど、だけど本当に、本当に視線を感じるのだ。此処最近、ずっと。「自意識過剰なんじゃない?」一人の友人が言った。 「違うもん!」 その声に殆ど無意識に声を荒げている自分が居た。私だって、初めは自意識過剰なんだろうって思ってた。だって、そんな事がありえるわけがないのだから。だけど、だけどこうも視線を感じ続けているともしかして見られてるんじゃないかって思っちゃうんだよ。・・・別に本当に男子からの熱い視線、なんて思ってるわけじゃない。ただ、ちょっと不気味に思っているだけだ。 「いつどんなときに感じるのよ、その視線って奴」 「・・・規則性はないんだけど・・・」 廊下を歩いてる時とか、生徒玄関とか、・・・あと、授業中、とか。そう言えば彼女達は更にぽかんとした。それから、皆が皆の顔を一瞥し合って、コクリと一斉に肯く。勿論私は蚊帳の外だ。何のアイコンタクトだったのだろう。そう疑問に思ったが、そんな疑問は直ぐに解消される。 「それって本当にに恋焦がれる奴からの視線だったりして?」 「はたまた、悪意を持った女の子からの視線だったりとか?」 「そして最後は、やっぱりアンタの勘違い!」 まるで、息を揃えたように順々に並べられた台詞に、今度は私がぽかんとなる番だった。今言われた言葉の中で一番あると言えば、2番目、だからだ。3だという可能性は多分、低い。でも1番の可能性のほうがもっと低いのだ。言わずとどんどん眉間の皺が寄っていくのが解った。誰かに恨まれたりしているのだろうか?普通の中学生活を送ってきた私だったが、もしや知らぬ間に嫌われていた?嫌なことばかりが頭の中を駆け巡る。「二番、かも」小さく呟いた台詞は煩い教室内の音に飲まれて消えた。 「ちょ、ちょっとちょっと、顔色悪いよ?」 「じょ、冗談だからね?ちょっと面白く言ってみようかなぁ、なんて」 「が恨まれたりするわけないじゃーん。ね、ね?」 慌ててフォローに入ろうとしてくれているのがありありと解った。「う、ん」と歯切れの悪い返事を返す。もう、食事する気にはなれなかった。半分以上も残ったそれに蓋をする。と、また「本当に顔色悪いんだけど」と友人からの心配そうな声がかかって。 「あ、大丈夫、大丈夫」 ヒラヒラと力なく振った手のひらと、覇気のない台詞はどれだけ信憑性があっただろうか、考えるまでもない。彼女達の目が語っていた。嘘だろう。と。そんな彼女達に苦笑を溢しながら、 「本当にだいじょ」 うぶだから。言おうと思った台詞は「具合わりぃの?」と言う言葉にかき消された。え、と顔を上げると、そこにいたのは。 「切原、くん」 「あ、マジだ」 クラスメイトの切原くんだった。なんで彼が?疑問がほとばしる。だって、本当に喋ったことなんて全然無いのだから。突然の出現に戸惑っていると、切原くんの手が私の額に触れた。ひやりと冷たい掌の感触に思わず目を細めそうになるけれども、これが友人の手では無いことを思い出せば、そうそう落ち着けるわけもない。 色々くだらない事を考えていると、額に触れた掌はすっと引いていき、そして今度は変わりに手首を掴まれる。えっと思うまでもなくぐいっと引っ張られて私は自分の意思とは関係なく立ち上がることとなった。 「保健室、行こうぜ」 良いよ。と断ろうと思ったのに、もうその選択肢は無いようだった。ぐいっと引っ張られてやっぱり私の意志は無いようで、それから暫くすると私達は教室を出ていた。隣を歩く切原くんは平然と私の手首を握ったままだ。一体何を考えているんだろうか。 ― Next |