*milk01
pm23:04
【3−6メンバーで同窓会しようってメールが来たけど、も行かない?】
そんなメールが夜中と呼ぶような時間帯に、受信された。
3年
6組と聞いて思い出すのは、中学の時の出来事。もう
10年以上も前の事になるんだな、と思うと同時に懐かしさがこみ上げ、二つ返事で承諾メールを送ったのは、一カ月前の事だ。
……何もこんな日に限って残業させなくったって良いじゃない!
仕事の都合上、珍しくボランティア残業となってしまった。携帯で時刻を確認すれば、もう同窓会は始まっている時間。
フリップを弾けば、今日の同窓会の参加メンバーである当時の友人達から、数通メールが届いていた。
――今向かってる!
即座に返事を返せば、から「不二君も来るらしいよ」と返信。
"不二君"。と聞いて思い出すのは、不二周助。昔の恋人の名前に、どくり、と一瞬だけ血が騒いだ。そう。あたしと周助の関係は元恋人だった。中学三年から付き合い始め、大学一年まで続いた。
意外に長い付き合いだった。きっとこの先も一緒に居るものだろうな、と当時は本気で思っていたものだ。まさか終わりが来るなんて夢にも思っていなかった。
…大学の関係上、あたしは地元である東京を離れた。あの頃は離れていたって平気だと笑顔で別れた。が、結局そんな決意は数か月も経てばコロリと意見を変え、もう無理…と涙ながらに結局、あたしの方から別れを告げた。まあ、ありがちな遠距離カップルの典型的な破局パターンに見事当てはまってしまったわけだ。
中学、高校とずっと彼とは同じ部活に所属していて――周助はレギュラー、あたしはマネ――本当、ずっと一緒に居たから、(会わない日の方が少なかったから)大学が始まってから、あんなに逢わない事が辛いとは思わなかったのだ。きっと会えなくても大丈夫。あたしは周助を好きだったし、周助もあたしを想ってくれてるから。そう思っていたハズなのに、不安は増幅されていき。そして色々な事が重なりすぎてナーバスにもなってたんだと思う。常に不安が押し寄せてきて、突然会いたいと思った時に傍にいてくれない恋人に、あの頃の精神では、耐えられなかった。人恋しかった。夏休みを目前としていたあの日、ついにあたしたちの関係に終止符を打った。あとちょっと我慢すれば逢えたのに、それさえも待てなかったのだ。
まあ、とにかく若かった、んだろうなあ。
それからなんだかんだ色々縁があり、何人かの男性とお付き合いをしたのだけれど、大学を卒業してみると、どれだけ自分の考えが浅はかだったか知った。仕事を始めたら逢えないなんて、ザラだったから。
………と、そんな感傷に浸っている間に、ついた居酒屋。もっとまともなところ無かったんかい。と思ったけれど、もう
28にもなれば、小洒落た店よりこういった店の方が性に合うし気兼ねない。貸し切られたお店ののれんをくぐり、あたしはう、と顔をしかめた。
「お!遅いぞーう!」
「ううわ、出来上がっちゃってるう」
入った瞬間を目ざとく見つけあたしの名前を呼んだのは、中学・高校と仲良くしていた菊丸英二だった。相当お酒を飲んだのか…はたまた下戸なのかわからないが、顔を真っ赤にさせビールジョッキを煽ぐ仕草に、思い浮かぶ言葉は――"酔っ払い"。
「仕事だったんだってばー。これでも頑張ったんだからね」
言いながら仲の良かったグループに混ざる。久しぶり!ほんとだね、元気だった?と再会を喜ぶ。
空いている席に腰かけると「違うだろー!」と声が飛んだ。何が違う?と振り返ると、友人達もにやにやして「そうそうはあっちでしょー」と追い出されてしまった。このノリ、なんだっていうんだ?と他の空いてる席を見て隣の席を一瞥して――瞬時に理解した。
「久しぶり」
元恋人が来ると言うのは、親友から聞いていた。が、まさか来た早々隣の席に座る事になろうとは。けれども当時周助と付き合っていた事は、そう言えばクラスでは公認で、なんだかんだと世話を焼かれていたのを思い出す。あの頃と、ノリはちっとも変っていない。…破局した事は、あたし自身にしか言ってないし、周助も周助であまりそういう事べらべらしゃべるタイプでは無さそうだ。なので、まだ付き合ってるのかと誤解されてるのかな。と頭の隅でぼんやり思ったが、中学のころからの友人菊丸英二なら、周助が何かしら言ってると思ったのに。
「難しい顔してる」
くすり、と落とされた頬笑みは、別れを告げる前の付き合っていた頃良く見ていた笑顔をダブらせた。そんなことないよとあたしもつられるように微笑んで、隣に腰かける。それから、追加注文の波に乗ってとりあえずのビールを頼むと、周助は意外そうに目を瞬いた。
「呑めるとは思わなかった」
「初めはねーほんとすっごい弱くて、ちょっとでも呑むとベロンベロンに酔っぱらってリバースしちゃってたんだけどねー。でも
20の頃から呑んでたらある程度強くもなったよ。まあビールが美味しい!と思えるようになったのはここ
2,3年でなんだけどね」
へへ、と頬を掻きながら、オシボリで手を拭いた。そして、何の気なしに隣(周助とは反対側)を一瞥して、少し後悔。隣のグラスにはカクテルだろうか?可愛らしい飲み物が殆ど口をつけていない状態で置かれていた。
……けれども、今更可愛い子ぶるのもおかしな事かもしれない。と思い直す。あっという間にビールがやってきて、あたしがそれを受け取ると周助もビールを手に持って、「じゃあ再会を記念して」乾杯、とジョッキがカツンと音を立てた。ビールが小さく波打って、二人で一口ビールを流す。
結構な大所帯。皆が皆同じ話をするわけではないので、必然的にあたしと周助は殆ど二人で話をしていた。周りが懐かしい昔話で盛り上がる中、あたし達がした内容と言えば、必然的に別れてからの事だった。大学を出た後、あたしはすぐに地元に帰ってきていた事。今は本屋で仕事をしている事。周助も自分の仕事の話をしてくれた。穏やかな時間が流れた。別れた当初はこんな風に再会してまた周助と笑いあえるなんて、予想も出来なかった。
けれども、一つだけ変わったのは、お互いの呼び名。
付き合っていた頃とは違い、仲良くなる前の苗字呼びに戻ってしまっていた。それだけが少し切なくも思ったけれど、周助の配慮、なのかもしれない。だからあたしも不二君。と周助の事は呼んだ。会話が弾む中、少しの懐かしさと愛しさを感じながら、二杯目のビールを飲み干すと、良い感じにほろ酔い気分。
「そう言えば、不二君彼女はいるの?」
じゃなきゃ、きっと聞けなかった。へへへえ、とだらしなく頬を緩めると、周助は「酔った?」なんて苦笑交じり。それにふるふると頭を横に振って否定すると、質問の答えを求めた。昔も今(と言っても今日話した限りだけれど)も素敵な周助の事だ、いない方が可能性は少ないとは思っていたが、周助の返答はまさかの可能性の少ない方であった。
「は?」
相手に聞いたのだ。聞かれるのは会話の流れ的におかしな事ではない。あたしも周助同様同じ答えを返し「なかなかうまくいかなくってすぐ別れちゃうんだよね。多分一番続いたの不二君だと思うもん」酔っぱらっている所為か、言わなくても良い言葉がぺろりと顔を出した。周助の顔を見れば、一瞬驚いたような顔をして。
「それは僕が一番いい男だったって褒め言葉として受け取って良いのかな?」
柔らかな声が降ってきた。先程追加注文した三杯目のビールを受け取りながら、あたしは本当その通りだと頷いた。ビールをごく、と嚥下して。
「だって中学、高校、大学一年でしょ?青春ど真ん中を不二君と過ごしたわけじゃない?その次に付き合った人はあたしも相手も
20超えてたし、あんな甘酸っぱい恋愛、不二君としか経験してないもん」
部活後、少しでも一緒にいたくて少し遠回りした帰り道。照れながら、それでも触れたくて、ぎこちなく繋いだ手と手。社会人の今とは違い、お金も(今よりは勿論)無かった為、公園なんかで時間をつぶしたりした。今思えば、本当に、子どもの恋愛。
「でも、それでも、幸せだったなあ。またあんなデートしたいなあ」
ぐび、とビールを飲み、ジョッキを机に置いたのと周助の言葉はほぼ同じだった。
じゃあ、もう一度だけしてみない?あんなデート。
一瞬、耳を疑った。冗談か?と周助の顔を伺ったけれど、それが冗談なのか本気なのか、真意は掴めなかった。昔と変わらずポーカーフェイスだ。言われた申し出について、考えてみる。じっとビールの泡を見つめながら、思う。まあ、彼氏もいないし。最近、恋から縁遠くなってきている。ちらり、ともう一度周助を見つめると、やっぱり変わらず笑顔で。付き合っていた頃の笑顔を連想させた。…とくとく、と心臓が高鳴るのに、気づいて。
「…良いね〜。しようよ、デート。中学生みたいな甘ず〜〜っぱいやつをさ」
そうしてあたしはその申し出にめいっぱいの笑顔で頷き、手に持ったジョッキを周助へと傾けると、契約完了の合図のように、二度目の乾杯が交わされた。