*milk02
「じゃあ連絡するから」
冗談とも本気ともとれる周助の言葉に色良い返事をすると、周助は変わらぬ笑顔で「じゃあ、まあ…メアド教えてもらえる?」と自身の携帯を取り出した。薄いブルーのボディーを見つめながら、そう言えば別れておよそ
10年、そりゃあメアドも変わってるよなあ。と酔った頭で理解した。オッケー。言いながら自分のつい先日変えたばかりのスマホを取り出して、ええっと…アドレスは…と悩んでいると、
「ちょっと良い?」
ちょいちょい、と周助の掌が目の前をちらつきあたしは携帯を差し出した。そして慣れた手つきで操作をして―――はい、これで登録出来たよ。あっという間に完了してしまった。
「すごー」
「フフ、は相変わらずこういうの弱いよね」
まるで懐かしむように言うから、あたしは恥ずかしさよりも、何故か胸が温かくなる想いがした。きっとそういう些細な事でも、周助の記憶に自分が残っていてくれたことが、思いのほか嬉しかったのだと思う。
宴もたけなわとは良く言うもので、本当に楽しい時間はあっという間に、終電と言う言葉と共にお開きとなった。十年以上ぶりの再会は名残惜しいも、明日も仕事の人もいると言う事で、皆各々別れの言葉を述べて岐路していく。あたしもその一人で、数人の友達に「ばいばい」と言葉を交わし、今回送ってくれる運転手であるの待つ車へ歩き出す―――と言ったところで、声をかけられた。それは今日ずっと聞いていた声。振り返ると
「じゃあまた連絡するから」
「うん、待ってるね」
クス、と笑い声が降ってきて、?と思った時、白い手が伸びて来た。それは二、三、あたしの頭を優しく撫でる。「気をつけて帰るんだよ」まるで、子どもに言って聞かせるような声色に、(でも怒る気には全くならない)クス、と同じように笑うと「はあい」と頷き、別れた。
周助から連絡があったのはその日の夜だった。
無事帰れた?
うん、今帰ったよ。不二君は帰った?
うん、僕も今帰ったところ。
そんな取りとめもないメールを送り合う。
『それで、デートの件だけど。明後日は急すぎるかな?』
本題、と言った風に簡潔な誘い文句。丁度勤務表を見れば自分も休みだと言う事は明確だった。二つ返事で
OKすると、詳しい時間を決め、場所は。と言うと、迎えに来てくれると言われた。実家暮らしをしている事は同窓会の時に話したので、それでだろう。お言葉に甘える事にして、じゃあ近くの公園で。と約束を取り付けた。
それから夜も遅いとの事で、おやすみの一言でお互い就寝することにした。
そして、今日はデート当日。昔は良く来ていた公園に足を運んで、あたしは周助を待った。携帯で時間を確認すれば、予定時間
10分前。知らず知らずの内に、なんだかんだ楽しみにしている自分に苦笑した。周助が来たのはそれからすぐだった。「ごめん、待った?」の声に、キキッと音が聞こえ、顔を上げると
「…えっ?」
思わず素っ頓狂な声が、漏れた。指定場所に現れた周助は自転車にまたがっていたからだ。まさかの自転車!?と思わず笑ってしまうと、周助が「ほら、良く二人乗りしたでしょう?」ってからからと答えた。確かに、二人デートするときは良く自転車に乗ってたなあと中学時代の思い出を呼び起こす。トリップしかけていると「」と名前を呼ばれて、また「えっ?」って聞き返してしまった。
だってつい一昨日は苗字で呼んでいたのに。
それが顔に出ていたらしい。周助は「ああ、ほら。だってデートだし、ね。良いでしょう?だからも今日くらいは僕の事昔のように周助って呼んでね」ってそれがあまりにもスマートだから、あたしはそれもそうかと納得した。すると、ぽんぽん、と周助は後ろを叩いて
「ほら、。おいで」
それがまた凄く愛おしそうに呼ぶものだから、あたしの心はせわしなく動き出すのだった。
悟られぬように、けれども
誘われるまま周助の後ろに座ると、しっかりつかまってね。と前から声がして、あたしは横座りのまま、周助の腰に手を回す。久々に触れるなあ。って思ったら、顔が火照るのに気付いた。うわ、うわ。騒ぎ出す心音を何とか落ち着かせるように深呼吸をすると、じゃあ行くよって周助が地面を蹴った。ゆっくりと動き出す自転車。緩やかに流れる情景。きゅ、と周助の服をにぎると、雰囲気的に周助が笑ったような、気がした(いや、ただの願望かもしれないけど)
「周助?それで、一体何処行くの?」
自転車なんて乗るの高校振りだなー。働くようになってからなんて、誰かの車に乗せてもらうか、通勤はバスや地下鉄だもんなあ。とか色々考えを巡らせた後、あたしは前を見据える周助に問いかけた。
「そうだね」
とりあえず当時良く行ったあそこ、かな?
その声は少し弾んでいる。…当時。と言われて思い出すところと言えば、…と考えて、なんとなく周助の目指している目的地がわかった。通い慣れた道だったから。
着いた先は、予想していたとおりの場所だった。当時十年前は大きな図書館だった筈なのに、数年前その横に新しい図書館が完成した為か、今は旧館として形に残っているらしかった。
「…懐かしー」
「うん。良く此処でと勉強したよね」
言われて、中学三年の頃と高校時代を思い出す。受験勉強も勿論そうだったが、中間・期末のテスト前になると、本当お世話になっていた。理由は簡単。互いの家に行き来すると、どうしても他の事に目が行って、集中できなかったからだ。その点図書館と言う場所は、基本私語厳禁だったため、集中して勉強に取り組んでた、と思う。
「あの頃のここの司書さんが凄く厳格な人だったよね」
「うん、少しでも喋るとキラっ!て眼鏡が光ってガン見だもん。でもそのおかげで、図書館に通うようになってから成績アップしたなあ。あ、勿論周助の教え方が上手だったのも大きいんだけど!」
旧館に足を踏み入れると、利用者はあの頃と比べて格段に少なかった。
当時の記憶が鮮明に蘇る。少し古びた本の匂い。ベージュ色のカーテンから漏れる、太陽の光。そして、当時の指定席。カタン、と座ると椅子に腰かける。「懐かしー」机に寝そべると、当時と変わらない感触がして、頬が緩む。
コホン、
聞こえた声に、あたし達は互いの顔を見やった。
周助?
僕じゃないよ?でしょ?
あたしじゃないよ。
と会話を繰り返すと、また……聞こえる咳払い。聞こえた方に顔を向けると―――見覚えのある顔が目に飛び込んだ。十数年と言う年月が経っているにも関わらず、何処となくわかってしまった、人物。あの時の厳格な司書さんだった。まだ、いたんだ…。また周助とお互いの顔を見やって、苦笑する。司書さんに背を向けるようにして、あたしは、手にしていた携帯(勿論マナーモードにした)をカチカチと操作して、周助にみせた。くす、と小さく漏れる声。けれどもそれは至極小さいものだったので、司書さんからの鋭い視線が飛んでくる事はなかった。
そして、カコカコ、と周助は自分の携帯を操作して、先ほどのあたしと同じようにみせてくる。
そして、その言葉にあたしも小さく笑みを浮かべるのだ。
『失敗失敗ヽ(°Д°メ)ノ』
『ほんと、気をつけないと、またどやされちゃうね?』
『そう言えば、あの頃もこんな風に咳払いされるからさ、私語一切なしで、ノートの端で会話してたよね』
紙・ペンと携帯の違いがあったものの、数年経ってもやることが変わってないな、と思うとまるで当時に戻ったかのように、心が弾んだ。
結局図書館を出たのはお昼前。周助の運転する自転車に座り、次に着いた先は学生時代良く行った、マックだった。
「此処も良くお世話になったよね」
「……あの頃は特にお金なかったからね」
苦笑。やっぱり中学生と言う枠は窮屈だった。そんな中、デートでの食事と言えばこういったジャンクフードが主だ。「周助何にする?」今、確か限定バーガーが発売中らしいよ。といつぞや
CMで流れていた記憶を頼りに話していると、
「そりゃあ勿論、チーズバーガーセットでしょう」
チーズバーガー。それは周助が中学時代ハマってたハンバーガーだ。マックでご飯ってなると必ずそれを頼んでたのを思い出した。クスって笑って、じゃあそっちがその気ならと「じゃああたしはー」にんまりと笑むと。
「「てりやきバーガーセット!」」
周助とあたしの声が見事重なった。見つめれば、いたずらな笑みが視界いっぱい映る。「言うと思った」って続く台詞に、またお互い顔を見合わせ笑った。そして、レジ店員さんに注文し、店員さんのこちらで食べますか?の問いかけに
「「テイクアウトでっ」」
考える事は一緒で、それが何よりもうれしく、ワクワクした。