*milk03


「「テイクアウトでっ」」
 
 
 
「周助ぇ、早く!早くしないとせっかくのバーガー冷めちゃうよっ!ポテトなんて冷めたら美味しくないんだからね?」
 
デートだって聞いて、現れた姿に" な に こ れ "って思ったのが本音。けれども今は、どうだろう。懐かしいデートに何これとか考えてた時には考えられなかったくらい、心から楽しんでしまっている。戸惑ってためらいがちに触れてた二人乗りも、今はなんのその。今もそれをするのが当たり前のように、ぎゅうっと周助の当時よりも広くなった背中に身体を預けて、今の言葉。「はいはい」笑いを押し殺しながらの周助の台詞は、当時となんら変わりない。
 
シャー、と変わりゆく景色を見つめながら、ふと、思った。
考えてみたら、周助と別れた後付き合った彼氏達と、こんな気兼ねなく接することができただろうか。いつも変に見栄を張って、良いところ見せようとして、我慢ばかりしてた気がする。そして、本心をさらけ出す前に破局。
 
そう考えると、周助だけ…なんだよね。
 
こうして、素でいられる男性(あいて)って。
元彼達との付き合いを全否定するつもりは毛頭ない。何だかんだ言いつつ、楽しい想い出も勿論無い事はない。けれどもやっぱり仕事メインになってしまっていたり、相手に嫌われたくなくてええかっこしいしたり、上辺だけの付き合いだったのかもしれない。とようやく気付いた。ううん。多分寂しさを補う道具、だったんだろう。好きだと想ってるつもりだった。けれど。本当に"つもり"だったのだ。
 
 
"の気持ち、俺には理解できないよ"
 
 
振られる時に言われた常套句。あの時は、なんで気持ちわかってくれないの!とか、こんなにあたしは好きなのに!って、沢山泣いて、沢山傷ついた。そして、自分は自分はっていってばかりだった事に、気づいた。あたしは、結局一人になるのが怖くて、誰でも良いから傍に居てほしくて、孤独になりたくなくて、振られるのが怖くて、理想の恋人であるように、仮面をかぶっていたのだ。それに、相手は気付いていた。本当は、弱みを見せれば良かったのに。無理して、結局振られてた。
 
……今更になって気付くとか。
 
きっと周助と再会して、こんな風にデートをしなければ、気づくことなんて出来なかった。そして今でも「自分は自分は」って悲劇のヒロインぶってるだけだっただろう。そして別れた原因を深く考えることもせず、己の行動を省みることもなかっただろう。
 
 
 
?」
 
無意識に周助の背中に頬を寄せ、目を閉じていたら、ふと、背中越しから柔らかな声が耳に届いた。ん、そのままの体勢で小さく声を紡ぐと、「……ん、いや。……もうすぐ着くからね」優しい声。気遣ってくれていると言うのは、すんなり解った。それが、周助特有の優しさだったから。
 
変わらない、なあ。
 
あたしは周助のこの包み込んでくれるような雰囲気が、凄く、凄く、……好きだった。まるでそこが自分のベストプレイス(いばしょ)のような…そこに居るのが当たり前のような。……親友とはまた違う、落ち着ける、感じ。
最近、仕事に疲れていたからか、こんなに心穏やかになるのは久しぶりの感覚だった。きゅ、と周助の服を掴むと、トクトクトク、と規則正しい周助の心音が伝わってきて、あたしは夢心地な気持ちになるのだった。
 
 
 
 
 
いつまでも続くと良いなあと思っていたけれど、本当に続くわけはない。楽しかった時間は瞬く間に過ぎ去り、気がつけば空は茜色をとうに過ぎ、暗闇を誘う紺色へ変わりつつある。それがそろそろデートも終盤だと物語っていた。少しでも一緒にいたいって思っていたら、まるで以心伝心のように、周助が、ここから歩かない?って提案。周助が自転車を押しながら歩く横を、つかず離れずの一定の距離で歩く。
 
「こうして歩いているとさ、学生時代の下校を思い出すよね」
 
下校、との文字に思い出すのは部活の帰り道だ。同じ男子テニス部に所属していたあたし達の放課は、夜の7時だった。「そうだね」多分、時間的にも同じだろう。あの頃いつも、周助はこうしてあたしの家まで遠回りをしてきちんと送り届けてくれてた。当時も、こうして自転車を周助が押して(あの時はあたしがチャリ通だったため、あたしの自転車を押してくれてた)、歩いていた。部活で疲れてるのに、少しでも一緒にいたくて…想いを口にしたら、今と同じようにわざわざ歩いて帰ってくれた。
チラリと周助の姿を見やると、あの頃の姿とダブった。
両手で自転車を押しているから、手が繋げなくて、凄く歯がゆい思いをした事。触れてたいのに。って不満に思って、でもそんなの言うのはワガママだって思って我慢してたら、周助が代わりとばかりに腕を差し出してきた。ぎゅっと腕を絡めると、それだけで満ち足りた気持ちになれた。
 
…若かったなあ、ほんと。
 
「……フフッ」
 
ぼんやりと見つめていたのが、どうやらバレたらしい。降ってくる笑い声に、視線をそらせば、周助が自転車から片手を離して、その左手をあたしの目の前に差し出した。
 
「お貸ししましょうか?」
「………自転車、不安定になるんじゃないの」
「あの頃とは違って、鍛えられたから大丈夫だよ」
 
だから、ほら。
ひらひら、と誘惑するように動く手のひらをじっと見つめ…癪だったけど、手をとってしまった。そっと触れて―――気付く。手をつなぐのが久しぶりだ。と言う事に。二人乗りをしてた所為か触れている時間は少なくはなかったけれど、直に肌が触れる事等無かった。…気付いてしまったら、突然緊張で胸が騒ぎ出す。
 
うわ、うわ、うわ
 
ちょっと、何本気で中学生恋愛やっちゃってんの。
そう思うのに、そんな気持ちと裏腹に意識し始めると自分の顔に熱が急激に集まるのが解った。きっと明るい時間なら、自分の顔が真っ赤に染まっていたのがばれているだろう。
 
…良かった。暗くて。
 
そっと繋がれた指が、緊張で強張る。悟られないように前を見据えた。
自分の家まで、後10分。どうかこのドキドキに押しつぶされませんように。心の中で祈りながら、周助の顔を一瞥すると、その横顔はやっぱりポーカーフェイスで何考えてるのか、解らないままだった。
 
…意識してるの、あたしだけなの?
 
そう思うと、ちょっとだけ悔しい。
 
 
 
「送ってくれてありがとう」
 
それから、本当に10分程過ぎであたしの家の近くまで辿りついた。うん、穏やかな声が紡がれて―――沈黙。繋がれた手が、名残惜しくてなかなか離せない。数秒二人揃って黙りこくったけれど、これじゃあらちが明かないよなあ。って考えて、口を開いた。
 
「ねえ、また会えない?」
 
けれども、紡がれた声は、男声。此処にはあたしと周助の二人しかいない。となると必然的にそれは周助の声だと言う事が解る。ぱっと弾かれるように顔をあげれば、やっぱり気持ちを悟らせない笑みが視界をいっぱいにした。彼の真意は不明のままだったけれど、あたしの答えは決まっている。
 
「………うん」
 
Yesの文字しか、脳裏によぎらなかった。あたしの頷きに、ほんの少し周助の笑顔が柔らかくなった気がした。くすり、と笑みがこぼれ、じゃあまた連絡するから。と繋いだ手と反対の手がぽんぽんとあたしの頭上に降ってくる。それから、そっと身体が引き寄せられ―――、お互いの身体が触れるか触れないか、と言う実に微妙な距離で
 
「おやすみ
 
囁いた言葉は、まるで―――ドラッグのようで。あたしはドキドキするのをやめられなかった。騒がしい心臓をそのままに「おや、すみ」とぎこちなく挨拶を返すと、ようやく離れる、手と手。温かなぬくもりが右手から離れ、少し切ない。自転車にまたがった周助の後ろ姿を見送ると、曲がり角で一度周助が振り向いて、手を振った。
そんな小さな事が、あたしの心をほんわかと暖かくするのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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