*milk05


夢の中でも貴方は笑ってくれて、それだけで幸せ。
 
 
 
カーテンから漏れる陽の光で、あたしはふと目を覚ました。ぼんやりとした頭で頭上に置いた携帯を手探りで手繰り寄せると、フリップを弾き、
 
「ひゃあああああ!!」
 
飛び起きた。セットしたアラームに気付かず、随分寝過ごしてしまった!余裕を持って準備しようって思ってたのに、これじゃあ待ち合わせギリギリになってしまう!慌ててパジャマを脱ぎ捨てると、差すような寒さが全身を攻撃した。ぶるりと身震いしたけれど、おかげで完璧覚醒した!昨日の内に今日着る服用意しといて良かった!とひっつかむと超特急で着替えを済ませ、バタバタと忙しなく階段を駆け降りた。下から母がとがめる声が聞こえたけれど、構ってなんていられない。
 
「日曜なのに早いなあ」
「うんっ、ちょっと出かけるから!」
 
父親の声に慌てふためきながら洗面台へと向かって言った。ぱしゃぱしゃと冷水で顔を洗い、歯磨きをする。「ごはんはー?」母親の声に「いらない!間に合わないから!」と返事をして、髪の毛をセットする。ああ、本当は今日髪の毛コテで巻いて…とか思ってたけど、無理そうだ。結局この前と同じような髪形になってしまったけれど、自業自得だから仕方ない。おかしなところがないか素早くチェックして、今度は化粧。「あれえ?お姉早いねえ」まだ寝ぼけ眼の妹の声が耳を通る。顔を洗いに来たのは明確だったので、少し場所をよけると、ああ失礼なんて言いながらパシャパシャ顔を洗う妹に「うん、出掛けるの!」父親にも言った言葉を紡ぐと、顔を拭き終えた妹と鏡越しで目が合った。ふうん、と笑いを含んだ声とともに「デートか」と茶化す言葉。思わず動揺してしまい、ラインを失敗しかけて妹の名前を叫ぶと、「わお、怖〜いっ」と足早に姿を消した。
 
持ってく物は、これとこれとー…えっと、あ、そうそう!携帯!とテーブルに置きっぱなしにした携帯をひっつかむ。時刻を確認すれば今から出たら本当ギリギリっぽい。ひやっとして、「じゃあ行ってきます!」パタパタとスリッパの音を響かせながら、玄関に向かうと、家族三人ひょこっと顔を出して
 
「良い結果報告、待ってるからねえ」
 
こう言った時の、家族って、なんでこう決断力凄いんだろう。にやにやする家族を一瞥して、あたしはうんともすんとも言えず、曖昧に笑うとパタンと扉を閉めた。
 
 
 
待ち合わせ場所の駅前に着くと、見慣れた姿を発見し、あたしは走る速度を速めた。「周助!」呼ぶと、笑顔が振り向いた。「慌てなくて良いのに」「だって、待ってる、からっ」はあはあっと運動不足な身体に全力疾走はきつかったらしい(…でも年の所為、とは思いたくない)息も絶え絶えに周助の前にやってくると、ふわりとたおやかな笑みを浮かべ、ぽん、とあたしの頭に降ってくる手のひら。見上げると
 
の待つの嫌いじゃないから大丈夫だよ」
 
なんて、言うから。高揚するのがわかった。一体どういう意味で言ってるんだろう。けれども昔からこういう照れるような事を平然と言ってしまう人であったから、きっとそこまで深い意味はないんだろう。「それに前はいつも僕がを待たせてたしね…」前、って言うのは中学、高校の事だろう。とりあえず、ありがとうとお礼を言うと、ようやく落ち着いたあたし達は歩き出す。「今日はどうする?」と問い掛けると、周助がにんまりと少年のように幼い笑みを浮かべて「この前の続き」と言った。と言う事は、中学生デートか。と納得すると、周助の左手があたしの右手を掴んだ。
 
「うええ!」
「まあ、デートですから。折角今日は自転車なしなんだしね?」
 
あまりにそれが自然であるように繋いでしまうから、あたし一人どぎまぎしてる気がする。確かに、昔徒歩(電車で出かけるとか)デートのときは、こうして指を絡ませ(所謂恋人繋ぎ、だ)当てもなく歩いたり、した、けど。「この前のデートでも手繋いだじゃない」くすくすと笑いを含んだ声が降ってきたけれど、だって…恋人繋ぎ…!
 
「ま、あ…そうだけど」
 
極力冷静を装って、頷く。騒ぎ出す心臓を悟られないか、そればかりが心配だったからだ。二月の寒い季節に身震いしてしまいそうになるけれど、繋いだ周助の手は暖かくて、あたしの全身までも熱くする。
 
丁度バスが到着し、じゃあ乗るよって促されるままバスに乗り込むと、空いている席に二人腰かけた。
今日のデートは何処行くんだろう。思いながら、周助との話に耳を傾けながら、バスに揺られ、辿りついた場所は―――青春台。仕事をするようになってから、ここら辺の道、通らなくなってたので、とても懐かしい。バスから降りると、また当たり前のように手をつながれる。
 
この前とデートした時色々話をしてたら、久しぶりにきたくなってね。
周助も此処に来るのは久々らしい。中学・高校と通い慣れた道を二人で歩く。寄り道した公園とか、テニスの練習(勿論遊びだ)で来たテニスコートだとか、思い出すのはやっぱり懐かしい、けれど幸せだった思い出。
 
駅近くのゲームセンターを見やると、「そう言えば此処でプリクラ撮ったよね」と当時を思い出す。周助が少し困惑した笑顔を作った。確か写真を撮るのは好きだけど、プリクラとかそういうのはどうすればいいか苦手。と苦笑してた気がする。それでも周りのカップル達は嬉しそうにプリクラ撮って皆にノロケてたのを、あたしは羨ましくて、周助に我儘を言って一緒に撮ってもらった。でも結局そのプリクラは誰にもあげず、大事に保管した。皆とあたしだけの知ってる周助を共有するの、嫌だった、なんて…凄い子どもな独占欲だ。
 
あのクレープ屋さんなくなっちゃったんだね。とか冬になるとあのコンビニであんまんとカレーまん半分こしたよね。とか言ってたら、ぐう、ってお腹が鳴った。周助のきょとんとした顔が目に映って、恥ずかしくなる。
 
「クスッ、久しぶりに、はんぶんこする?」
「………お願いします…」
 
そう言えば、今日何も食べてないんだもんなあ…。羞恥で顔を赤らめながらコンビニに赴くと、カレーまんとあんまん一つずつと、紅茶を二つ買って外に出た。歩きながら周助からミルクティーを受け取って、一つのあんまんを半分に切ると、湯気がぶわあって溢れて、ほっと温まる。周助もストレートティーを口に含んで、あんまんをパクリ。久しぶりに食べたかも。って言うから、そうなの?って首をかしげる。
 
「だって、僕カレーまんしか食べないもの。あんまんはに付き合って食べてたからね」
「美味しいのにーでも、あたしもカレーまん食べるの久しぶりかも」
「お互い久しぶりが味わえて良かったね」
 
くつくつ笑いながら、あんまんもカレーまんもあっという間になくなってしまった。懐かしの母校を訪ねようかと思ったけれど、最近は安全のため、部外者は許可が無いと入れない事に着いてから気付いた。入れないね…と思いのほか落ち込んでしまうあたしとは反対に周助は当たり前のように校門を入っていくから、周助、駄目だよう、って言いながらついて行く。すると、校門を入ったすぐそこに人が立っていてああ怒られちゃうって思ったら、その人がにこりと人好きな笑顔を向けた。
 
「不二、久しぶり」
「うん。久しぶり」
 
連絡来た時はびっくりしたよ。でもハイ。これが許可証だから。って二人のやり取りを呆然と見ていると、振り返った周助が手招きするから、促されるまま周助の横にたって、目の前の人物にぺこりと頭を下げた。はじめまして。と。
顔を上げると呆気にとられた顔が映って、プッ!と噴き出した。ええ!?なんで突然笑うの!?って思ってたら、その人は慌てて笑いをこらえながら、
 
「い、いや、ごめん。でもまさか"初めまして"って言われるとはなあ。さん変わらないね」
「え、なんであたしの名前」
「中学三年間一緒のクラブメイト、忘れちゃったのかい?」
 
髪形の所為じゃない?周助が横で笑った。俺のイメージ髪の毛だけ?その人も笑う。ああ、でもその顔を見て、なんかちょっと………懐かしさがこみ上げる。
―――大石、君?
戸惑いながら名前を呼べば、あ、良かった。ってやっぱり人好きな笑顔を向けるから、すごく、懐かしい。
 
「ええ!先生してたんだ?」
 
てっきりお医者さん継ぐものだと思っていたのに。と言うと、まあ色々あってと大石君が笑った。でも、なんとなく似合ってる。なんの教科担当なんだろうとか色々話したい話題がぶわっと脳裏を浮かんだけれど、それを口にする前に周助からストップがかかった。
 
「ごめんけど、今デート中だから。この辺で」
 
あたしの肩に手をまわして、にこり。大石君がぽかんとするのがわかった。けれどもそれは一瞬の事で、すぐに笑顔に戻ると、こりゃ大変。と、頭をかきながら。野暮だったね。と快活に笑った。う、わちょっと誤解してるよ!と思ったけれど、そんなあたしを余所に周助は大石君に手を振って歩き出す。肩を掴まれているからあたしも一緒になって歩き、「あ、またね!」って言うのがやっとだった。
 
「……絶対誤解してたよ。大石君」
 
絶対、今でも付き合ってるって思われてたよ。と続けると、周助の顔があたしの顔を覗きこんで、「でも嘘はついてないでしょう」って言いくるめた。確かに、そうだけど。不満は残ったけれど、でも周助となら誤解されても良いか、なんて現金な事を考えてあたしもそれ以上追及することはやめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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