はあ。ため息しか出てこない



二日遅れのバレンタイン



・・・・・・・・・。土日を挟んで学校に着くと、先日のバレンタイン効果なのか、異様に男女の塊が多いように思う。明らかに、イチャついてます的な新カップル達を横目にわたしは自分のクラスに入り込んだ。そしたら金曜までとはちょっと違う光景。何組かのカップル誕生。それだけでなく、前まで(バレンタイン前のことだ)は全く見向きもしてなかったのに、多分その子からチョコレートをもらったんだろう。男の子のほうはちらちらと女の子を意識している。なんとわかりやすいことか。
バレンタインの余韻を残している教室に、ほんの少し、浮足立つ。数人の女子がわたしの登校に気付いてくれたのか挨拶をしてくれた。いつもどおりに朝の挨拶を返し終えてわたしは席へと着いた。
―――ふぅ
無意識にため息がこぼれて、わたしは静かに机に突っ伏す。すると、「」とわたしを呼ぶ声とふわり、と頭に触れるそれ。顔をのそりとあげるとタカさんの姿があって「よっす」気の抜けた挨拶をするとタカさんは気まずそうな顔をしてさっきの挨拶の返しをくれた。それからくしゃりとわたしの髪をなでるとその手を静かに離して、「不二に聞いたけど」と、言いにくそうに口を開いた。“不二”その人物の名前に微かに反応してしまうのは、“不二”という人物のことをわたしが意識しているから、だ。そんなわたしの態度を知ってか知らずか、タカさんはおどおどした様子で(ラケット持ってないから、ちょっと頼りなげだ)

からチョコ、もらえなかったって聞いた…けど」

ほんとう?その瞳は不安げに揺らいでいる。なんで、タカさんがそんな顔するんだ。見下ろしているはずの顔は頼りない所為か嫌味にならない。わたしはしばらく沈黙した後、こくり、と机に突っ伏しながら頷いた。冷たい机の感触にちょっとだけ不快感で眉根が寄る。「なんで…!」すぐに返ってきた言葉はそれだった。また眼だけをタカさんに向けると、タカさんは自分が貰えなかったみたいな顔。

「なんで、って」
「なんで不二にあげてないのさ」
「……タカさんにはちゃんとあげたじゃん」
「そうじゃなくって!今聞きたいのは不二にあげなかった理由だよ!」

なんで、そんなにもタカさんがひっしになるの?わたしはと言えば、タカさんと正反対でかなり落ち着いた声色だったと思う。そしたらタカさんが一度口を閉ざしたのがわかった。「不二、楽しみにしてたんだよ」聞こえてきた、声。そんなの、嘘に決まってる。「はっ」タカさんのセリフに思わず鼻で笑ってしまった。そんなバレバレな嘘、今のわたしは騙されてなんてあげない。だって、知ってるもの。不二君が、別にわたしのチョコを楽しみにしてるわけじゃないって。
わたしのチョコなんて、他の子があげるチョコと同等だ。だって、見たもの。





それは、13日の金曜日の出来事。次の日が休みだからという事もあり、実質バレンタインは13日だったと言っても過言ではない。もちろんわたしもあげるつもりでいた。今は引退してしまったけど、三年間部活動をともにした仲間への感謝の気持ちと、そしてそれとは明らかに別の気持ちを込めた、チョコレートを。意気揚々と向かった学校。そこで待っていたのは、悪夢のような一日だった。一年二年とこの学校に在学していたのだから予想通りと言えばそうなのだけれど今年は、例年よりもすご、かったのだ。囲まれているのは殆どわたしの見知った顔で、ああこれじゃあチョコレート渡す時間ないなって、来てそうそう気付く。とりあえず同じクラスだったタカさんと用事があるってやってきたリョーマ君には朝渡して、後はほとぼりが冷めてから…って言う状況だった。
放課後、三年を覗く彼らはバレンタイン前日だろうか関係なしに部活だ。それを追いかけるように桃や海堂君にもチョコレートを渡す。後、堅物の手塚にも。道中乾君と大石君が一緒に居るところを発見したのでチャンスとばかりにチョコレートを渡した。そのあとチョコレートの匂いを嗅ぎつけた!と言ってわたしを探しに来た英二にもチョコレートを渡す。あっという間にあと渡す相手は一人。本命だけがカバンの中に残った。英二と出会ったという事は同じクラスだった不二君も同様にHRは終わっていることになる。そわそわしてたら英二にはバレバレだったみたい「不二なら教室に居たよん」とありがたい情報をゲットして、いざ教室へと向かった。そしたら、向かい途中で、ちらりと窓から見えた茶色の髪。えっと見るとそれは紛れもなく不二君で、その横には顔を真っ赤にした女の子。そして彼女の手に握られているのは、絶対チョコレート。本命チョコ全開だ。彼女は何かを言ったけど、それは小さな声で良く聞き取れなかった。でも、対する不二君の声ははっきりとしたもので、そしてふわりと笑んで

「ありがとう、そんなに想ってくれて、嬉しいよ」

と、言ったのだ。あんな、やさしい笑顔を向ける女の子がいるんだ。そんな子の後にどんな顔して渡せって言うの?他の部員とは明らかに違う、チョコレートの意味に気付かない程、不二君は鈍感じゃない。これがもし手塚とかなら、気づかないでいてくれたかもしれないけれど。だから、義理チョコとしても本命としても渡せなかった。三日前に間接的に失恋したのだ、わたしは。







聞こえてくるタカさんの声に、わたしはもう目を向ける事さえ億劫になっていて、「ごめ、けど…ほっといて」そう言ってうつぶせになった。これで、何も見えない。「でも…、理由があるんでしょう?」完全に拒絶したのに、それでもタカさんは諦めてくれないようだ。どこまで良い人なのキミ。今はその優しさが痛い。そんなに優しい声で聞かれたら、泣いちゃいそうじゃない。すでに泣きそうになっていて、「」って再度わたしの名前を呼んだタカさんに、ぽつり、と真実を明かす。

「だって、失恋、したも、ん」

そしたら、ガタン、って音が鳴って、そっとわたしの肩を抱く、多分手。それから耳元で聞こえてきたのは「誰に?」―――って、その失恋した相手の、声。ガタン!顔を思いっきりあげると、わたしの肩を抱いていたのは不二君で、タカさんの姿はもうなかった。え、なんで?その疑問が顔に出ていたんだろう。不二君は「タカさんなら戻ってもらったよ」ってあまりにあっさり言うので、わたしは黙ってタカさんに視線をやった。そしたらぐいって顔を掴まれて、無理やり不二君の方へと向けられる。ばっちり見つめ合う形になってしまって、もうわけがわからない。不二君の触れたところがやけどしそうな程熱くなっていく。

「ね、ちょっと良い?」

一見選択式のようなセリフだったけれど、でも行動は矛盾していて、わたしが何か言う間にぐいっとどこにそんな力があるのか、不二君がわたしの腕を引っ張った。そのまま不二君に引っ張られるままに教室を後にして向かった先は



「ここ、って」

金曜日に不二君を見た、あの場所。引っ張られた腕の力がふわりと抜けたけれどでもそれは完全に離れることはなかった。ぐるりと振り返った不二君の顔を見れないでいると、掴んでない方の手がまたわたしの顔を掴む。それからぐっと上に向けられて、また、見つめ合う形。きまずくなって視線を落とすと「目、逸らさないでよ」って声が聞こえて(それでもわたしは不二君を見ることが出来なかった)

「ね、は誰に失恋したの?」

これは、悪夢の続きなんだろうか。答えられないでいると不二君が「ねえ、誰?」って更に詰め寄ってきて、どれだけわたしは傷つくんだろうって思う。ぐす、涙がこぼれそうになって、ぎゅって目をつぶったら、「目、つぶらないでよ」と不二君の声がさらに近場で聞こえてきて、条件反射で目を開けた。すると、すごく近い距離の不二君と目がかち合って、わたしはこらえられず、「やっ」ドン!と不二君の胸を押した。
触れる触れないかだった不二君の手がわたしの腕から離れる。やってしまった事に気付いて、わたしは別の意味で泣きそうになった。「ご、め」口から出てきた謝罪は最後まで出る事はなく不二君の両手が、わたしの頬を包んだ。ぐいっと顔を近づけられる。

「そんな言葉が聞きたいんじゃない」
「…っ」
「ねえ、は一体誰に失恋したの?失恋したショックで僕へのチョコは忘れられたの?」

顔をそむけたくても、そむけることなんて、出来ない。「ねえ、」何度めかのわたしを呼ぶ声に、わたしはまた眼だけを下に向けた。

「…だから、目、逸らさないでよ」
「……」


ぐいっと更に顔を持ち上げられて、わたしはまた瞬間的に目をつぶった。そしたら、唇にぶつかる何か。驚いて目を開けば、今までで一番近くに居る不二君の顔が映った。「ん、っ」言いたいのに、言葉に出来ない。ただ、重なるだけの唇。なんで、不二君こんなこと?疑問で頭の中ぐちゃぐちゃだ。頬を包んでいた不二君の右手がわたしの耳に移動する。「っ」くすぐったいような、感触。吃驚して、わたしは思いっきり不二君の胸を押した。…二度目、だ。ドン!さっきよりも強い力で振り払うと、不二君の身体が少しだけよろける。碧い瞳がわたしを見据えている。

「な、んで」
「……」
「なんで、こんなこと、するの?」

脳裏によみがえるのは、まだ真新しい衝撃的な金曜日の出来事だ。あの女の子に向けてふわりと優しく笑んでいた不二君。そんなに優しく微笑む相手がいるのに、なんでこんなこと。まだ感触が残ってる唇に手を当てたけど、ごしごしこする気にはなれなかった。「なんで?」不二君の声が、いつもより低く聞こえる。

「好きな子に触れたかったからだよ」

聞こえてきたのは、衝撃的な言葉。「う、そ」「嘘じゃない」そんなやり取りをして、不二君がまたわたしの手を掴んだ。
「ねえ」と聞こえてくるのはいつもの優しい声なのに、今日は安心できそうにない。

「僕はが好きだよ。だから、ずっとからのチョコ、待ってたのに」
「…うそ」
「…くれる気は、ないみたいだね。…だから、」

ごそ、と聞こえた音と、視界の端に映った不二君の手。びくっとして目を固くつぶれば、それはいっこうにわたしに触れることはなくて、恐る恐る瞳を開ければ、小さな、包み。「え…?」驚いて不二君の顔を見れば、「…二日遅れちゃったけど…バレンタインのチョコ」それからわたしが言う前に今年は男からの逆チョコってのもありだって言ってたからね。と不二君の声とともにわたしの腕を掴んでいた手がわたしの手の甲に移り、掌を上に向ける形になるとそこにポスン、と静かにその包みを掌に置いた。

「僕からの気持ち」
「っ」
「ごめんね、勝手にキスして」

そう言って、不二君は悲しそうに笑って、今度こそ完璧にわたしから離れて、背を向けて歩き出す。行ってしまう。本能的に、駈け出していた。

「待ってっ」

それからその背中に向かって抱きつくと、足取りが止まる。ぎゅ、っと背中の学ランを握りしめて、ずっとつっかえてた気持ちを言葉に乗せた。

「わたし、だって…不二君の事好きっ、で、も…金曜日に不二君が女の子からチョコもらってるの見て、あんな優しげな顔をあの子には向けるんだって思ったら、無理だって、渡せないって思ったの…!わたしは、どんなに近くに居ても、ただの仲間でしかないんだって、思ったら、つらくって…だから、」

「さっきのキスも、ほんとは嬉しかった!でも、あの子の顔がちらついたら、悲しくなって…」
ってばちょっと待って」

そう言ってぐるんと振り返った不二君。軽く掴んでいた学ランはその動作によって意図も簡単に離れてしまって、見えるのは不二君の顔。また不二君がわたしの頬を両手で包みこむ。「誤解してるよ」聞こえてきた声は紛れもなくそう言ったのだ。あの子はそんなんじゃない。真剣な瞳に、ごくりと息をのんだ。それから、不二君は困ったような表情を見せて、「裕太の、なんだ」と、小さく言った。

「あの子、裕太の彼女なんだ。裕太と喧嘩したから自分からは渡せないって、そう言って僕に渡してきたんだ。でも一回受け取ったけど、やっぱり自分で渡した方が良いよって僕は返したはずだけど」
「…え。…じゃあ…あのセリフは…」

「ありがとう、そんなに想ってくれて、嬉しいよ」

「こんなに裕太のこと想ってくれる子がいて嬉しいってそういう意味。良い子を彼女にしたなぁって。将来の義妹になるかもしれないし」

だから、心配しなくて良いんだよ。って不二君がくすくす笑った。
思いっきりベタな勘違いをしてしまって、わたしの顔が羞恥で紅くなる。う、わ、ほんと自分馬鹿…!「わ、忘れて!」不二君を見ると、不二君は無理だよってくつくつ笑ったままだ。

「だって、それだけは僕の事好きってことでしょう?」
「う、うわわ!」
「ありがとう、そんなに想ってくれて」
「……う、ん」
「何?」
「……いや、なんか…今のセリフ、裕太君の彼女さんに向けての言葉と一緒、だった、から」
「………ふふっ」

ヤキモチ?その声は明らかに面白がっている声色で、わたしは更に顔が赤くなる。うわ、ウザイ女だとおもわれてしまっただろうか。不安がよぎって、また不二君の顔が見れなくて視線をしたに向ける。「また、目逸らす。逸らさないでよ」不二君のこえが聞こえてきて「だって…」とごにょごにょいいわけすることしか出来ない。

「ほんと、は可愛い。…僕がこんな顔するのはだけなんだからね?」

ほら、見て?って言われて、見上げると、ちゅ、ってリップ音が聞こえて、降ってきた不意打ちのキス。そこでみた不二君のちょっぴり紅い顔。「ふ、ふじくん!」名前を読んだら「ようやく僕の顔見てくれた」って優しく笑う。だ、だから…そうやってわたしを照れさすから、わたしは見れなくなるのであって…!真っ赤な顔をみられたくないのに、両頬を掴む手は離れてくれない。固定されたままで「は、ずかしいよ」って小さな訴えをすると不二君がクスリと声を落として、

「でもこうしないとキスできないし」
「え、えええ!?」
「だって、僕のキス嬉しかったんでしょう?」
「い、言いましたけど!でも、だって!ここ学校だよ!?あ、あんまりそういうのはヤバ」

イ、って言った瞬間にまた不二君の顔が近づいてきて、唇が重なり合う。「あれだけじらされたんだから、ちょっとくらい」キスの合間にささやかれて、それだけでくらくらしてしまう。何か言う前にまた口を塞がれて、何度も何度も降ってくるキスの雨。
でもそのキスが「好きだよ」って言ってるみたいで、…だからわたしは何も言えなくなってしまった。





― Fin





あとがき>>二日遅れで小説up ハッピーバレンタインデー!これで任務完了です(笑)オマケはココ
2009/02/16