「周くん!大好きだよ!」

その一言であたしの一日は始まると言っても過言ではない。最愛の彼氏に「おはよう」の後に続く言葉。
毎朝の告白に、周くんは「有難う」と微笑んでくれる。その後に続くのもいつもの台詞。

「周くんはあたしの事、好き?」
「勿論、好きだよ」

その笑顔が、その声が、その気持ちが。今までは凄く嬉しかった。
勿論今だって嬉しい。けど、気づいてしまったのだ。



アイラブ/ダーリン




「何か、違う」
「何が?」

ポツリと呟いた言葉に、近くに居た友人が間髪居れずに問いかけてきた。
私は窓に向けた視線を彼女に向けると、むぅ、と小さく口を尖らせて、今考えていた事を溢した。

「あたしと周くんの関係」
「…はたから見ると普通に仲良しカップルっぽいと思うけど。昨日も手繋いで帰ってたじゃん」

思案気な声が掛かってきて、私の眉間に皺が寄る。
口を尖らせて出てくるのは、最近心の中に留まっている不安要素。

「むー…それはあたしが手を繋ぎたいって言ったからしてくれたのー」
「何が不満なの」

二度目の親友からの質問。眉間に小さな皺が寄っているのが解る。そりゃあ、言いたいことは何となくだけど解る。あたしがもし、聞く立場だった場合、多分同じ反応をしていると思うもの。贅沢だとは思うんだよね。と声を親友を一瞥してから、ふう、とため息をつくと、更に言葉を続けてみた。

「そりゃ、周くんは優しいし・かっこいいし・いっつもあたしのこと気遣ってくれるし・あたしがしたいって言った事、嫌な顔せずにしてくれるし、あたしが好き?って聞けば好きだよって素敵な笑顔で言ってくれるし―――」
「何が不満なの」

三度目の質問は、あたしの台詞を遮っての前回と同じ台詞だった。惚気なら聞く気はない、とでも言うような顔があたしを見ているのに気づいてちょっと気まずくなるけれど、でも今までの話は前触れにしかならない。本題は此処からなのだ。「ちっがーーう!」と机を両手で叩いて親友の非難の目から逃れるようにブルブルと顔を横に思いっきり振ると、「でもあたし、気づいちゃったんだよ!」「だから何が」嫌々そうな友達の声と顔。あんまりにも冷たい態度にくじけそうになる。うっと一瞬言葉を詰まらせたけれども、でも此処で折れちゃ話題に出した意味がないのだ。

「あたし、周くんから好きって言われたことないんだよ」

友達の眼力に負けじと、言葉を並べる。そうすれば、呆れた声がすかさず追っかけてきた。「さっき言ってくれるって言ったばっかじゃん」…明らかに、面倒気だ。さすがに毎回そういう態度だと本当に私も傷ついてしまうのだが。でも、今はそんな事を口論している場合でもないので、とりあえず得意の聞かザル。

「違う!それはあたしが聞いたときの場合!…いっつもあたしから好きーって言って周くんも答えてくれるって感じなんだもん」

ぶーたれて今までの不満、心の中にあった不安要素を吐き出した。
我が侭だといわれるだろうか。ちらりと親友を見れば、やっぱり面倒臭そうな顔が見て取れた。

「たまにはあたしが言わずとも周くんからの"好き"が欲しいの!」
「贅沢」

ピシャリと言い放たれて、あたしは思わず口を噤んだ。それから友人は面倒臭そうにふぅ、とため息を吐き出すと

「そういう性格なんじゃないの?」
「…クールすぎるんだよぅ!!もうちょっとこう、なんていうか…」
「『俺、お前の事めっちゃ好きだぜ!』なんて言われたらどうよ」
「…それはちょっと熱すぎる気がするけど」

また「贅沢」ピシャリと言い放たれて、あたしは言葉に詰まった。でもだって、いっつもいっつもあたしからなんて味気ないって言うか、ほんとに周くんあたしの事好きなのかなー?とか不安になっちゃったりもしたりするんですよね。でもあたしから聞いたら絶対「勿論」とか「ちゃんと好きだよ」とか言ってくれるのは分かってるし。あたしが欲しいのは余裕の無い「好き」って言うか…。だっていつも余裕たっぷりなんだもん!

「それはいつもが不二君に『好き好き』ってアホみたいに言ってるからじゃん。余裕にもなるって」
「やっぱり!?でもあたし駆け引きとか苦手だしぃ…ヤキモチとか焼かせてみたいけどムリだし」

ブツブツブツとグチってみると、友達がはあ、ってため息をついた。ちょっとちょっと!何度目ですか!失礼ですよ。あたしがこんなに一生懸命悩んでるって言うのにさぁ!じとっとニラみつけてやったけど、そんなの怖くも何とも無いといった風に涼しい顔がまた悔しい。でもきっと彼女に勝つということはあたしにとっては難しい(しかも今はそんな勝負してるわけでもない)

「じゃあ簡単な駆け引き」

ぼんやりと違うことを考えていると、突然舞い込んできた言葉。えっと顔を上げると、ぴん、と細長い人差し指が立っていて、それを見た後顔に視線を移すと、少し意地悪い笑み。それでも、"駆け引き"と言う内容に興味があったから、あたしは興奮を抑えるようにして問い掛ける。

「自分から好きって言わなきゃ良いのよ」

すんません、あたしにとっては難しい課題です。







いつもの帰り道。いつもならうきうきわくわくらんらんらんな下校時間。いつもと変わらず右側には大っ好きな周くんがいて、授業の話とか(今日の体育はテニスだったとか)ありきたりな話をしてる。でも今のあたしにとっては手放しでうきうき出来る状況ではないのだ。何せ今は初の"駆け引き"の真っ最中!そう、あたし今日のあの相談事から周くんに好きって言ってません!(あたしにとっては凄い事です)周くんの話にうんうんと頷きながら、ぼろを出さないように頑張っていると、いつの間にか話は今日のテニス部の話。引退した周くんたちだけど、こうして週一には練習に参加してるんだと言う(勿論自主参加だ)周くんいわく、たまには身体動かさないと勉強も出来ないよ。との事。だから周くんが部活に出るときにはあたしも応援に言ってるってわけだ。決して受験勉強に余裕があるわけではないけれど周くんのかっこいいところ見ないなんて彼女失格だ!

「あ、でも周くん凄いよ!もう引退したって言うのに、負けなしだもん!」
「あはは、ありがとう」
「得意技がこう、ばしーーーって決まってたし、桃城君のあのすんごいダンクスマッシュだってあっさり返しちゃうし、すっごいすっごいかっこよかった!あたしやっぱり周くんのことす」

き、と言いそうになって慌てて自分の口を両手で覆った。危ない、今すんごい危なかった!「どうしたの?」と心配してくれる声が掛かって、あ、いや…アハハ!と笑って誤魔化したけど。これ、やっぱり難しい。と言うか、周くんを好きすぎる自分が怖い。そしてそう思わせる周くんって凄いなんて思う。でも此処で『好き』の単語を言ってしまったら負けだと言われたわけで。



『たまにはあっちからの本気が欲しいならこっちがボロ出さない事よ』
『で、でもあたし自信ない』
『自信ないならそれでも良いけど、だったらもうこんなくだらない事で落ち込まないで。今までどおりが好きっていって不二君が僕もって言うスタンスで良いじゃない』
『そ、それはヤダ!』
『じゃあ頑張んなさいよ』



朝のやり取りを思い出す。そ、そうだよ。生半可な気持ちではないんだ。別に周くんに愛されてない自信がないわけはないけれど(そんな自信満々ではないけれど!)やっぱり恋する女の子だもの。相手から好きって言われたほうが嬉しいに決まってる。だから、こんなことで負けるわけにはいかないのだ。これから家までボロを出さないように極力自分から積極的に話に参加しないようにしよう!

あれから直ぐしてあたしの家に到着した。送ってくれてありがとう!ってお礼を言って、周くんも「ううん。じゃあまた明日」と手を振ってくれる。ああ、やっぱり良く出来た彼氏だぁ…なんて思ったのもつかの間。はっと気を引き締める。今、この瞬間があたしが待ちに待った時間だ。いつもバイバイのときにあたしが周くん大好き!って言って、周くんが僕もだよって言ってくれるこの時間。勿論あたし、今日は自分から言いません!「うん、バイバイ!」って手を振ってみた。さあ、来い周くん!

「うん、も寒いから早く家入るんだよ?じゃあね」

………………………………あ、れ……?
にこっと笑った周くんは好きの"す"の字も無いままにいつものあの優しい笑顔であたしに言うと、そのまま踵を返して―――

「しゅ、周くん!?」

ちょっと待って!と言うように周くんの名前を呼べば、周くんはん?とあたしの方を再度振り返ってくれた。いやいやいや、君あたしが引き止めなかったら今絶対普通に帰ろうとしたよね。ど、どうゆうこっちゃ。頭の中が混乱中です。

「あ、あたしに…何か言う事、ない?」
「…に言う事?」
「うん!す、すっごく大事な事!」

例えば好きとか好きとか好きとかね!と心の中で叫んで周くんを熱い視線で見つめ続けると周くんはちょっと考えるようにあごに手を当てて…ああそんなしぐさもカッコイイ…じゃなくって!脱線しまくったあたしの思考回路を引き戻すように、周くんはああ、って納得してあたしの目の前に立ってあたしの頭に手のひらをポンって乗っけて「勉強、頑張ってね」それから優しい手つきでなでなでなでと頭を数回撫でた後「じゃあね」と笑顔で今度こそ去っていってしまった。

…………………………ち、……………ちっがあああああああああう!!!






アレから呆然と外に居たら、家から出てきた弟に『なんだ姉貴かよ。不審者かと思ったじゃん』と咎められ、おうちに入った。おかしいなぁ、おかしい。おかしすぎる。いつものあの感じで、あたしが『好き』って言わなかったら周くんから言ってくれると思ってたのに。何故だ?しかも今日の朝も普通に一緒に登校したのに何も言ってくれなかった。何故だ!悶々と考えていると、「おはよー」と聞きなれた声が聞こえてきて、顔を上げると友達の姿。昨日のことを相談しようと思ったら意外にも大きな声で「おはよう!」って言ってしまった。

「て、てゆうか!周くん全然普通だったんですけど!」
「はあ?そんなすぐに効果出るわけないじゃん」

何馬鹿な事いってんの、長期戦だよ。と呆れた声が返ってきて、あたしはポカーンってなった。な、何。長期戦?ちょーきせんって何!そんなのあたしが持つはず無いじゃん!って言ったら、じゃあ諦めなよ。とこれまた厳しい意見が帰ってきて、あたしはぐっと唇をかみ締めた。悔しいけど、すっごく悔しいけど諦めたくないと思ったからだ。もうこうなったら絶対ぜぇぇぇぇったい周くんから好きって言ってもらうまであたしは諦めません!







て、思ったのは良いけれど。あの宣言から数日が経った今でも、周くんの口から「好き」って出てくる事は無く日々は過ぎていった。もう、あたしずっと周くんに好きって言って無いよ…。ぼんやりといつものように周くんとの下校時間。いつもと変わらないテニスの話と学校の話。由美子お姉さんや裕太君の話。楽しいけれど、いつも聞いてる優しい声なのに、何故か物足りない。それは、あの日からあたしが積極的に話しに参加してないからだと思う。『そうだねー』とか『すごーい』とかそんな一言の相槌しか打ってないからなんか…すっごく物足りない。でも周くんの様子は変わらなくて…なんか、なんかすっごく嫌だ。

「…?」

突然名前を呼ばれて、はっとわれに返ると、周くんが眉根を寄せてあたしを見てるのがわかった。え、な、何?って何食わぬ顔で問い掛けると「最近、元気ないね」なんて声。まさか周くんに好きって言えなくて凹んでるなんて言えなくて「そんなことないよ」と笑ってみた。

「うそつき」

でもそんな作った顔、周くんにはバレバレだったのかも。ビヨーンって軽く頬っぺた引っ張られた。
「何があったの?」問い掛けてくる声はやっぱりすっごく優しくて……

ああ、もう限界だって

「周くん…」
「ん?」
「あたし、周くんの事、好きだよぉ」

友達にはたかだか数日で、って馬鹿にされるかもしれない。けど、もう限界なんだ。あたし、友達が思ってるよりも周くんが思ってるよりも周くんの事好きだもん。一日だって周くんのこと好きっていわないと辛いし、周くんに「好き」って言ってもらわないとダメだ(たとえあたしから聞いた台詞だったとしても)突然のあたしの言葉に、周くんはちょっとビックリしたようで、それでもありがとうって笑ってあたしの頬に伝った涙を拭いた。

「しゅ、周くんは?」
「勿論、好きだよ」

優しい優しい告白。でも、だったら

「う、うそつきぃ」

なんで、そんな余裕なの。なんでそんな普通なの。なんで数日間一度も好きって言ってくれなかったの。いったら悲しくて周くんがあたしの涙拭いてくれるよりももっと多くの涙が頬をどんどん伝ってく。こんなんじゃあ周くんに拭いてもらっても効果ないじゃん。ってくらい涙が溢れてて。こんな誰もが通る道で大泣きしちゃって馬鹿みたいって思うのに、止まらない。

「周くんは、あたしのことそんなに好きじゃないの?だから、だから好きって言ってくれなかったの?ほんとはいやいや付き合ってくれてたの?」

ポロポロ涙こぼしながら引き付けを起こしながら周くんに問い掛けると、周くんは驚いた顔からちょっと怒ったように眉を寄せて、またあたしのほっぺたを引っ張った。今度はちょっと力強く。い、いひゃいって文句言ったけど辞めてくれる気配なしの周くんにあたしは涙でいっぱいになった目で抗議する。

「なんで僕がいやいや付き合わなくちゃいけないの」
「だ、だっひぇ」
「だってじゃないよ。本当にそう思ってるの?」

ビヨーンって最後に一回大きくほっぺをつねられたあと、両手が離されて、喋る機会を与えてくれたんだと気づく。でも、そんな質問凄く意地悪だ。質問を質問で返すなんて…!ぐず、って鼻が鳴ってかっこ悪いって思う。「」返事を促すような声色にビクっとなって、でも絶対今回悪いのはあたしじゃないはず。キッとニラんで「だって周くんが悪い!」って叫んでやった。

「だって、いっつもいっつも好きって言うのあたしからじゃん!聞いても周くん普通だし、余裕綽々だし、あたしだけ喜んだり、悲しんだりしてるみたいで馬鹿み」

たい、って言った瞬間、ぐっと抱きしめられて、最後の言葉は殆どくぐもって聞こえなかった。それからぐっと後頭部を押さえ込まれて、周くんの表情は確認できない。「誰が、余裕綽々なの?」でもその声で怒ってるってわかる。

「全然余裕なんかじゃないよ。僕だっての言動に、喜んだり悲しんだりしてるよ」
「だ、だって」
「ここ数日、話を振っても上の空だし何だか楽しくないみたいだし、好きだって言ってくれなくなったし、もしかしてもう僕のこと好きじゃないのかな?って思ったら、僕の方から好きなんていえるわけないよ。…迷惑に思ってたら、って」

迷惑なんて思ってるわけない!そう思ったら居ても経っても居られなくって、ぐっと力いっぱい周くんの身体を押し合って、周くんの顔を見ると、周くんのいつものポーカーフェイスが崩れてる。これは、もしかして…あたしが思った以上に周くんはあたしの事好きなんだって、自惚れて良いのかな?「周く」って名前を呼ぼうとしたら、ふっと周くんの唇が自分のそれと重なって、言葉に出来なくなってしまった。ぎゅっとまた逃げないようにきつく抱きしめられる。後頭部に回った周くんの手のひらが髪の毛を掻き抱くように強く強く…。そんなに強くしなくても逃げないのに。
息も出来ないほどのキスに、久しぶりに触れたそれにドキドキした。

暫くして、唇がゆっくり離れたけれど、あたしと周くんの距離は依然変わらない。吐息が掛かるほどの距離で、じっと周くんを見つめる。
黙ったままの周くんに、さっきの言葉の続きがどうしても聞きたくて「ね、え」

「…あたしの、事」

どう思ってる?聞こうとした瞬間、今度は触れるだけのキスが振ってきて、言葉に出来なかった。
不意打ちの二度目のキスに言葉を失うと、

「凄く、好きだよ。…好きすぎて、どうにかなっちゃうくらいの事が愛しくて、たまらない」

そう言って、また周くんからの口付け。
なんか知らないけど…駆け引きは成功したのかな?なんて頭の片隅で思ったけれど、でも、もうそんなのどうだっていい。

「あたしも、大好き!」

そう言ったら、周くんがようやく笑ってくれた。





― Fin





あとがき>>謹賀新年、あけましておめでとう。全く関係ないネタですみません。そして何故かベタ甘ですみませ。今年も周助好きで頑張るぞ!って言う意思の表れです。おまけはココ
2009/01/01