MOI et TOI

『幼馴染』って言う言い訳




ちゃん!」

突然呼び止められて、あたしは靴を履くのを中断して、顔を上げた。そうすれば、クラスで数回喋ったか…くらいの友達、早紀ちゃんの姿。「なあに?」呼ばれた事に小首を傾げると、早紀ちゃんはもじもじと身体を動かしている。顔を見れば、何かほっぺの方がほんのりと赤くなってるのがわかった。でも何でそんなに照れてるのかわからなくって。そして、早紀ちゃんの言葉の続きが気になって、また返事を聞く前に「どうしたの?」と続けて問い掛ける。

「あ、あのね!」

そうしたら、友達の声がひときわ大きく生徒玄関に響いた。どこか裏返ってるような声に、ちょっと驚いて。じっと早紀ちゃんを見つめていると、更に顔が真っ赤になった。一体何?思うのもつかの間でそれから早紀ちゃんは「こ、これ!!」と乱暴に何かを押し付けると、そのままバタバタと走って行ってしまった。ポカーン、って彼女の去り様を見て、それから押し付けられたそれを見つめる。そうすれば、表に書かれている、幼馴染のフルネーム。

『佐藤寿也君へ』

の文字。明らかに、あたし宛じゃないことに気づく。…寿ちゃんに何か伝えたかったのなら、本人に渡せば良いのに…。と思ったのは一瞬で、さっきの早紀ちゃんの表情とかを思い出して、ああ、これが。と納得した。俗に言う、ラブレターってヤツだ。裏面をひっくり返せば、早紀ちゃんの名前が可愛らしく書いてあるのが見えた。最近の子はマセてるなぁ…自分も同じ10歳だと言うのに、思わずそんなことを思った。だって、あたしにはそんな経験、ないんだもの。しょうがない。頭の中で脱線しかけていかんいかんと最初の疑問を呼び起こす。

つまり、アレだ。

自分では渡す勇気が無いので、あたしに代わりに渡して欲しい。と。

結論が出たのは良いけど、さてどうしようか。一瞬考えたけれど、それを渡さないなんて選択肢はない。だって、あたしと寿ちゃんはただの幼馴染だし、早紀ちゃんはただのクラスメートだったけど嫌悪する仲じゃない。それなら、答えは決まっている。渡さなくちゃ。突然の指令にちょっとだけドキドキする。それは、自分に任された『責任』がある事だからか。それとも、ただの幼馴染だと思っていた相手が、予想に反してモテると言う事実を知ったからだろうか(だって、寿ちゃんはあたしの中では男の子って言う感じがしない)ぼんやりと考えて、とりあえず、途中になっていた靴を履きなおして今練習中であろう寿ちゃんの元に急いだ。



★★★



ランドセルを揺らしながら、目的地にたどり着くと、もう練習は始まっていた。見てみると、どうやら今日は年上の人達(高校生くらい、かな?)との試合らしく、寿ちゃんよりも体格の良い人達がそれぞれのポジションを守っていた。ふあー…凄いなぁ、今日も。なんて感心してたら、監督があたしに気づいて、ちょんちょんと手招きする。あ、と思って駆け足で草が生えた坂道を駆け下りた。ガッシャガッシャとランドセルが踊るように動いて、ちょっとだけ走りにくかったけれど何とか坂を下りて、監督の下に行くと、危ないからベンチに座ってろと言われた(ちなみにあたしは選手でなければマネージャーでもないのだけれど、毎日プレイを観戦しているうちに、監督達とも話すようになった)見た目は怖いし、口調も時々怖いけど、話すようになってから、そんな風に思うことはほとんど無くなった。監督の言葉に「はい」って頷いて、選手達とは違うちょっとだけ離れたベンチに腰掛ける。そこでようやく重かったランドセルを背中から下ろした。にしてもランドセル重すぎ。と言うのも、ランドセルの中にはきちんと今日の授業の教科書とかが全部入っているからだ。だって、置き勉とか流行ってるけど、それすると寿ちゃんが怒る。

帰ってからの勉強どうするの?抜き打ちテストがあったとき、補習になって後々困るのはなんだよ?悪いけど僕は勉強する気の無い人に教える程暇じゃないからね。

なんて、言われてしまったら、しょうがなく持って帰るしかない。だって、悔しいけどいっつもテスト前には寿ちゃんにお世話になってるもん。もちろん、テスト後の解答を先生に提出する前とかも、だけど。それが無くなったらあたし自身が困ってしまう。だから、寿ちゃんの言うことには逆らえない。
はあ、ってため息をついて、そう言えば今何回目なのかな?と見れば、3回裏って書いてあった。なるほど(ちなみに、寿ちゃん達が後攻なので今攻めている)今バッターで立ってる人を見ると、あたし達の一個上の先輩だった。寿ちゃんは何番目なんだろう?選手の方のベンチを見たら丁度寿ちゃんと目が合って、にっこり笑われた。口パクで、『な ん ば ん め 』と、語尾の最後で?と首を傾げて見せると、それでちゃんと伝わったのか、ちょっと寿ちゃんは吹き出しながら(なんで吹き出すの!って思ったけどきっとこのジェスチャーが面白かったんだと思う)バッターを一度指差して、指を三本立てた。それからあたしがした様に口パク。

"先輩から三番目"

多分、そう言ったと思う。コクコクと何度か頭を縦に振ったら、寿ちゃんの視線がマウンドに向いてしまった。釣られてあたしも見つめる。丁度、ピッチャーが投げる手前だったようだ。大きく振りかぶって………投げられた!速いっ。って思ったのは一瞬。それでもバッターの先輩は呆気なくバッティングして、あたしから見たら剛速球だったそれは、いとも簡単にバットにあたって宙に飛んだ。それは見る見るうちに伸びていって(だってすっごくいい音したもん)あっという間にホームラン。わー!と思わず立ち上がって拍手したけど、選手達は平然としていた。…いっつも思うけど、この人達クールすぎる。あついパッション?てのが感じられなくて、ちょっとだけつまんない。それでも、プレイ自体は強いし、寿ちゃんがいるから毎日練習に顔出してしまうんだけど。
次の選手がバッター打席に上がる。この先輩がヒットを出す出さないに限らず、その次は寿ちゃんの番だ。わくわくして、まるで自分のことのように緊張する(って言っても寿ちゃんが緊張してるのかはわからないけど)
次の先輩も、二球目でヒットを打った。こういうの、なんて言うんだっけ?セカンドゴロ?ううん、良くわかんない。後で寿ちゃんに聞いてみなくちゃ。って思ってる間に、先輩がファーストに辿り着いた。
さて、お待ちかねの寿ちゃんの番だ。スイングしてる寿ちゃんを見ると、またまたグッドタイミングで寿ちゃんと目が合うのがわかって、あたしは「がんばれー!」って応援した。そしたら、帽子をかぶり直して、コックリと頷く寿ちゃんの姿を目に捉える事が出来る。

あたしの応援の影響なのか、ただ単に寿ちゃんが巧かったのか(多分後者だ)カッキーーーーーン!と良い音がしたかと思ったら、白いボールが空高く舞い上がった。これで、うちのチーム(あたしはメンバーじゃないけど)はプラス二点が加算された。てゆうか、点取り放題じゃんか!

余裕げにホームに帰ってくる寿ちゃんを目で追いかけると、ホームベースについた瞬間、寿ちゃんがあたしの方を向いたので、にっこり笑ってVサインを送ったら、寿ちゃんからのVサインが返ってきた。





  





2009/01/02