MOI et TOI

『幼馴染』って言う言い訳




あの、ラブレター事件から何日かが経った。その後、寿ちゃんと早紀ちゃんがどうなったのかわからない。あたしはと言うと、やっぱりラブレターを渡した手前と言うか、大好きな幼馴染の恋の行方が気になると言うかで、ほんとうはすっごくすっごく聞いてみたかったけどどっちからもそう言った話が一切出ることはなくて、自分からはとても話しかけられる状況じゃなかった。
だからと言って、あの日以来寿ちゃんと話が出来なくなるとか言うことも一切なかったし、いつもどおり野球観戦にも行っていた。何も変わらない日常が続いていた。





いつもの練習の帰り道、出来たばっかりのコンクリートの地面を二人で歩きながら、今日もばっちり打ったねーとか、監督が寿ちゃんのこと褒めてたときはなんだかあたしが嬉しくなっちゃったよーとか、無駄に興奮して身振りにもつい力が入っちゃってた。だって、ほんとに寿ちゃん巧いんだもん。最近ほとんど負けナシ。打ったヒット数なんて今年に入って数えられないくらいだ(決して、忘れたわけじゃ…)この調子だったらキャプテンになって、シニアでも大活躍しちゃうんじゃないかって思うくらいだ。キャッチャーしての実績も高いって監督言ってたし、ピッチャーの先輩がこの前こっそり『佐藤のリードは悔しいけど巧い』って褒めてたし。ほんと、幼馴染として鼻が高い。

うんうん、ってうなずいてたら、寿ちゃんがあたしの名前を呼んだ。ん?って顔を向けると、隣に寿ちゃんの姿はなくって、えっと振り向くと、ちょっと後ろのほうで立ち止まってる寿ちゃんがいた。

「どうしたの?どっかいたい?」

駆け寄って声をかけると、寿ちゃんはふるふるって頭を横に振ったので、怪我とか病気じゃないって事はわかって、ちょっと安心。もう一回どうしたの?って聞くと、「には話しておかなきゃって思ってたんだ」ってちょっと真剣な声にえって自分の体が硬くなるのがわかった。

「ど、どうしたの?」

もう一度同じ問いかけ。そしたら、一回寿ちゃんがやっぱりまじめな顔してて、それから言いにくそうに一回下を向いた。何か声かけたほうが良いのかな?って思ったけど、今は寿ちゃんの話す番だもん。と自分に言い聞かせて寿ちゃんの言いたいことを待つ。・・・・・。五秒間くらいだんまりで、沈黙が流れた。

「あの、手紙の件、だけど」

すう、と息を大きく吸い込んだと思った寿ちゃんが、言った言葉に一瞬何のこと?と思ったけど、それが今一番気になっている話題だと言うのに気づくのに時間はそんなにかからなかった。あ、って声には出してないけど、顔でわかったのかな。寿ちゃんが苦笑交じりで「気になってると思って」って言葉を続けた。さすが、寿ちゃんだ。あたしの考えてることお見通しなのかも…って思う。あたしなんて時々寿ちゃんが何考えてるのかわからない時があるって言うのに。そう考えると悔しいけど、出来の違いなのかなぁ…とも思ったりした。って、話が大幅にズレたのに気づいて、ぶるぶる頭を振って、寿ちゃんを見た。

「気になってるって言えば、気になってる、けど…」

「やっぱり」って寿ちゃんがちょっと笑った。でもそれは一瞬の出来事で、

「今日ね、断ったよ」

って、はっきりと口にした。「………え、」あたしの声は無意識のうちに出ていて、そんなあたしを置いてくように、寿ちゃんが歩き出した。数歩歩いたところで、また立ち止まった寿ちゃんを、ただ、目で追いかけることしか出来なくて。だって、まさかの展開、ってわけではなかったけれど、まさかそんなアッサリ言われるとは思わなかった。「断った」と言った寿ちゃんはどこかそう言った行為に手馴れた様子さえ感じられて。
ほんとうは、詮索しちゃいけないってわかってたけど、気持ちが高ぶって、興奮気味に「どうして!」とたずねていた。そんなあたしの反応を、前もって予想してたかのように寿ちゃんは完璧な笑顔で。

「うーん…とりあえず僕は今は野球一本を頑張りたいから、かな」
「勿体無い!早紀ちゃん…良い子、なのに…っ」
「うん。でも…良い子だから付き合うって言うのは僕は違うと思うんだ。柏木さんに対して僕は嫌悪は抱いてない。でも、彼女が僕に持ってくれてるような好感を持ってはいないから」

「……」なんて言っていいのかわからなくて、ただ無言に走る。そうしたら、寿ちゃんがくしゃって笑って(あ、苦笑いだ)

「……相手にも失礼だろ?だから、野球が無かったとしても、僕の答えは野球が理由じゃないだけで、同じように断ってたよ」

何の曇りもないように寿ちゃんは言うから、あたしのほうが何か緊張した。「なん、で?」言った言葉はカラカラに乾いた口の中のせいで、ちょっと言葉に出しにくくて、変な感じで区切れてしまった。口を閉じて、ごくり、とつばを飲み込む。じっと寿ちゃんの返事を待つと、まるで、スローモーションのように、寿ちゃんの口がゆっくりと開いて、言葉を奏でてく。


「…僕は、本気で好きな子としか、付き合いたくないから」


少しはにかんで語る寿ちゃんは、どこか大人びていて。…同い年なのに、幼馴染なのに、なんかちょっと…普通の寿ちゃんとは違うような気がして。(むしろ、普通の寿ちゃんって何?)このとき、初めて見た寿ちゃんに、ちょっとだけのけ者にされたみたいな気持ちが芽生えた。ツクン、ツクン、なんだかちょっと胸がいたい。
結局、それ以上何も言えなくて。黙って帰宅した、帰り道。いつものように気軽には手が繋げなかった。



★★★



次の日、あたしは早紀ちゃんになんて言えば良いんだろうって思ったら、なんかすっごく学校に行きたくなくて、それでも仮病なんてお母さんに通じるわけもないから、いつも通りに家を出た。一歩一歩歩くたびに、すっごく足が重く感じる。あーあ。すっごく何か知らないけど、ゆううつだ。とぼとぼと一人で歩く通学路に、早紀ちゃんの姿は見えなくってちょっとだけほっとしたけれど、でもそんなの時間の問題だ。
クラスは一緒だから教室では顔を合わせる。いったいどんな顔して会えば良いんだろう。いや、相手はあたしが寿ちゃんにフラれたってこと知らない(多分寿ちゃんは言ってないと思う)から普通に振舞えば良いんだけど…でも、自信が無かった。だって、手紙を渡したって言った朝、あんなに喜んでくれてたのに。ありがとう、ちゃんありがとうってノドが痛くなっちゃうんじゃないかって心配しちゃうくらい、何度もお礼を言ってくれてたのに。
は〜あ…。勝手に出てくるため息。手持ちぶさたな手のひらがなんかちょっと嫌で、あたしはランドセルの背負い部分をぎゅっと握った。



気まずい気まずいって思ってたけど、教室につくと早紀ちゃんの姿は無くって。また、チャイムがなっても空席のまんまで。ホームルーム中に早紀ちゃんが風邪で休んでるってことを出席確認の時に先生から聞いて…会わなくてほっとしたような、その欠席の理由がほんとうは寿ちゃんとのことなのかな?って思ったら、ぎゅって胸が痛くなった。
だからって、あたしに何も出来ることはないんだけど。





  





2009/01/03