MOI et TOI

『幼馴染』って言う言い訳




彼女(早紀ちゃん)が風邪で休んだあの日から三日経った頃、早紀ちゃんは学校にやってきたけれど、そのときあたしは気の利いた言葉はやっぱり浮かんでこなくて、どうしようかとおろおろしていたら、あっちから「おはよ!ちゃん」って挨拶された。その笑顔を見て、ズキって胸が痛くなったのは、あっちに気を使わしてしまったって事がわかったから。「おはよ、う、早紀ちゃん」って返したけど、きっとあたしは早紀ちゃんみたいに笑顔になれてなかったと思う。だって、そう言った後、早紀ちゃんが苦笑したのがわかったから。
そんな、(一方的に)気まずい中、小学校五年生には大きなイベント一つ。合宿スタートです。





九月の半ば、天気、晴れ。二泊三日の合宿、初日。朝早い(集合は7時30分だった)スタートに、バスの中は静か…と思いきや、みんな妙な興奮状態で、バスの中はカラオケ大会独走中。バスガイドさんはとっても優しそうなお姉さんだし(クラスの男子がおねえさんキレー!とかなんとか言ってた)(うん、確かにきれいだ)気分は上々。あたしも、つっかえる事がなかったらクラスのみんなとおんなじくらいわくわくしてたと思う。でも、あたしはと言えば、なんかそんな騒いだりする気分にはどうしてもなれなくて、ぼーっと窓の外を眺めてた。席は左側の後ろから三番目、窓際だ。どっちが良い?と聞かれて、じゃあ奥の方って言ったら普通に譲ってもらえた。
ぼんやりと窓の外をみながら、四年生の今頃にも合宿したなぁって、去年のことを思い返していた。小学校初のお泊り(と言っても去年は一泊二日だった)に、ドキドキしたなぁとか、あの時乗ったカヌー結構楽しかったなぁとか断片的なこと。

さん体調悪い?」

突然、そんな言葉がかけられて、へっと隣を向くと、心配そうにしてる顔が目に映った。「だ、だいじょーぶだよ」とっさに返事したせいか、声がちょっと裏返ってしまって、信じてないって感じの顔される。そういえば隣に座った子はうちのクラスの学級委員長で、だからこんなに気遣ってくれるんだと思う。「つらいなら、早めに言ってね?前の席に座れるように先生に言うから」なんていわれるから、あたしとりあえず一度もバス酔いしたことないよ。って伝えておいた。

「うん、それなら良いけど。でも突然ってこともあるから」

委員長は本当に心配屋さんらしい。でもその優しさがこそばゆくて、ちょっと嬉しい。気にかけてもらったことに自然と笑顔になって、うんありがと。って素直にお礼を言った。でも、ほんと大丈夫なのになんか悪いなぁ…



なんて、思ってた数分後。「………、」気持ち悪さ、マックスです。言葉にするのもしんどくて、え、これが乗り物酔いって奴なのかなぁ…と今考えるべきでないことを考えていた。動くのさえ辛かったけれど、前かがみになって、前の座席におでこを当てた。ちょっとマシになるかと思ったのに、そうでもなかったみたいだ。どう、しよう。本気で気持ち悪い。いったい何が原因だったのかな、朝ごはん…は脂っこいもの出てきてないし、検討もつかない。だって、生まれてこの方一度だって乗り物酔いしたことない、のに(いっつもするとしたら寿ちゃんだった)き、もち…悪いよぉ…そう言葉にするのもしんどくて、あたしは無言のまま、出来るだけバスよ揺れるなと願うばかりだ。隣の学級委員長に助けを求めたかったけれど、多分、あたしのこと眠くなって寝てるんだと思ってる(こうして寝てる子がちらほらいるからだ)
も、最悪。気持ち悪さがこみ上げてきて、吐きそうだ。でもあたし、吐くの嫌いだから絶対吐きたくない(と言うより吐けない)目じりに涙が浮かんできて、もうほんと辛い。最悪な合宿スタートだ。そんな事を思っていると、前のほうから「ちゃん、ビンゴ始めるって。起きてる?」って声。その声に、微妙に頭を揺らすだけが精一杯だった。

「…ちょっと、さんもしかして具合悪いの?!」

委員長が微妙な変化に気づいてくれたみたいで、あたしの体をかすかに揺らす。その振動だけでも辛くって、とりあえず右手でストップをかけた。「きも、ち…わるい、から」なんとか後になってそう言葉を並べると、委員長が大変!って高い声を上げた。「袋、袋使いなよ!吐いたら楽になるから!」委員長が自分の前の座席に置いてあるエチケット袋をあたしの顔の下にやったのがわかったけど、でも生憎、吐きたくても吐けない体質なんだ。ふるふる、とあんまり顔を動かしたくないけど、しゃべると余計に辛いから、頑張って頭を振る。

「だ、だめだよ!我慢は!吐きたくないって気持ちはわかるけど!」

甲高い声が、頭に響いてキンキンする。多分委員長の言い分は、恥ずかしさから吐きたくないと勘違いしてるらしかった。確かにそれはある。今こんなところで吐いたら、皆の注目の的だろうし、きっとバスから出たらどっかのお調子者が『ゲロ子』とかあだ名つけるんだ。それでそれが定着して卒業まで呼ばれること間違いなしだろう。でも。だけれども違うのだ。ゲロ子って呼ばれるのが嫌なんじゃない(あ、嫌だけど!)でもそんなの言葉にしなくっちゃ伝わらない。委員長にぐいぐいと袋を押し付けられて、もういろんな意味で泣きそうだ。寿ちゃんなら、きっとわかってくれるのに。こんな無理やりなことしないのに(でもそれが気を使ってくれてることだってわかってるんだけど)「と、しちゃ…」無意識に名前を呼んだ瞬間、「ちょっと代わって」

「え、佐藤、くん」

委員長がつぶやいた言葉で、やっぱりさっきの声は寿ちゃんだったって思う。まるで以心伝心みたいな感じだ。でもやっぱりあたしは顔をあげられなくって、座席に突っ伏してると、「」ってあたしの名前を呼んで、ゆっくりとあたしの背中を撫でた。優しくゆっくりと、丁寧な寿ちゃんの手。「そんなことより、袋のほうが早いよ!」と委員長が言った。

「うん、だけど、食道が小さくて、昔から吐けないんだ」

気持ちが悪かったせいなのか、それとも理解者がいてくれたからなのか、あたしの瞳から涙がこぼれ出た。

、大丈夫?」

こっくりとうなずいて、でもほんとは強がりだった。寿ちゃんにはバレバレだったみたいで「我慢するなよ」って注意された。でも、ほんとうさっきのマックスのときより、全然良いんだ。ぽんぽん、とあたしの背中を撫でる寿ちゃんの手は暖かくて気分が落ち着いてくる(それでも確かに気持ち悪いことには変わりないんだけど)

「落ち着いたら、薬飲むんだからね」
「ご、めん」
「良いよ。それよりしゃべると余計気持ち悪いだろ。喋らなくって良いから」

ほんと、なんで寿ちゃんはあたしのこと何でも良くわかっちゃうのかな。
結局あたしの体調が落ち着くまで、ずっと寿ちゃんはあたしの背中をさすってくれていて、それからちょっとして薬を飲んだあたしは、数十分後には回復したので「寿ちゃんもう戻っていいよ」って言ったけど心配だからと寿ちゃんが委員長の代わりに隣に座っていた。寿ちゃんの席には委員長が座ってると聞いて、ちょっと体を浮かしてみてみると……とっても最悪だ、あたし。寿ちゃんの前の席の隣に座ってた子、早紀ちゃんだった。別の意味で気分が沈むのがわかって、とにかく戻るように説得しようと試してみたけど、寿ちゃんは意外にガンコ者だから意見を変えてくれる気はないみたいだった。





  





2009/01/05