MOI et TOI
『幼馴染』って言う言い訳
あんなに愚痴って「登山なんて」とか「体力の無駄だ」とか「時間を粗末にしてる」とか散々文句たらたら言ってた、けど。実際、頂上に上ってみるとそれはもう、なんていうか
「きれーーーーーー!」
ってなるわけでして。うん。皆が大きな声出しちゃうの、わかる。途中途中、疲れただのこれ以上歩いたら死ぬとか骨が折れるとか色々言ってたけど、頂上から見た景色でそんなの全部チャラだ。空気がおいしいって言うのは良くわからなかったけど、さっきまで暑かったせいで、今のこのちょっと冷たい風が心地良い。ん〜!って深呼吸したら、ポン、って肩叩かれて、ん?って顔を向けたら「お疲れ様」って笑顔の寿ちゃんがいた。それからスポーツドリンクをハイ、って渡されて。そう言えばあたしずっと飲み物飲んでなかったや。って気づく。
「ありがと、寿ちゃん」
へらって笑ったら、汗もちゃんと拭くんだよってまるでお母さんみたいな寿ちゃんの言葉にプッて笑ってしまった。それからはーい!って挙手してリュックの中にあらかじめ上るときに肩にかけていたタオルで汗を拭いとった。いや、でも上れたからこそ良かったけど、ほんと大変だったぁ…それなのに寿ちゃんをちらりと見れば疲れってなに?って言った風に涼しい顔。寿ちゃんつらくなかったのかな、と心の中で思ってから、でもどんなときだって寿ちゃんは辛いって自分から言わない事に気づいた。
「…ん、…何?」
「なんでもない!」
じっと見てたら寿ちゃんがあたしの視線に気づいたようで、きょとっと不思議そうにたずねられて、でも偉いよねぇ寿ちゃんって。とは言えなくてあたしは笑って誤魔化した。
それから頂上にいた時間はそれほど長くなく、のぼりほど辛くはないけれども、大変な下山が始まって、また友人たちが「あり得ないから!」とか「この急斜面で死んだらどうすんだ!」とかグチグチ言ってたのは言うまでも無い話で。上りのときと同じく、それに見かねた委員長の雷が落ちるのも、また言うまでも無い話だ。
「さんそっちどう?」
あれから下山も済んだあたしたちに待っていたのは、夕食作りだった。今晩は、自分達でカレーを作る事になって、今四部屋が一グループ(男子と女子二グループずつ)になって、ご飯を作っている。この時の指揮する役ももちろん委員長で、その委員長に聞かれて、あたしは「ま、待って!」ってあせりながら答えた。って言うのも、あたしが任された仕事って言うのが、ジャガイモの皮むき、って奴でして。…ピーラーでならママの手伝いしたことあるけど、まさかそれがないんじゃ仕方ない。包丁でゆっくりゆっくり慎重にやってたら、同じ班の男子が「お前遅い!」って文句言ってくる。う、うるさいなぁ!こっちは真剣なんだよ。あたし、まだたまねぎのほうが良かったよ…。と隣でたまねぎ剥いてる子を見れば、涙をボロボロ流してる。…あ、やっぱりこっちでよかったかもしれないって思い直しました。
「あとどれくらい?」
委員長がひょっこり顔を覗かせて、まな板の上でまだ服を着たままのジャガイモを見た。それから、ふう、って息を吐いて。「私も手伝う」って、もう一つあった包丁を手にとって、あたしとは比べ物にならないくらい慣れた手つきで皮を剥いてく。わ、委員長上手。思わず声に出して言ってしまった。
「口は良いから手動かす!」
口調は厳しかったけど、何か顔が赤くなってるのは気のせいじゃない。てことは今の照れ隠しなのかな?って思うとちょっと委員長が可愛く思えて(別に普段が可愛くないとか思ってるわけじゃないけど!)なんていうか、普段姉御っぽい委員長だったから、ちょっと意外だ。はあい。って言って包丁を握り直す。に、しても…なんでこんな形が悪いかなー。じっとにらめっこしながら皮むきしてたら、あたしの横から「良いなー」って声。え、皮むきが?って顔を上げたら、友達の視線はあたしにはなくて(まあ、当たり前なんだけど)視線を追ってみたら、寿ちゃん達の班。「うらやましー!」って続く声に、あたしは「そーお?」って思わず声が勝手に出てた。まあ楽しそうって言ったら楽しそうだけど、楽しいならうちのグループだって負けてないと思うもん。
「羨ましいよ!だって佐藤君と一緒だもん。それだけで幸せって言うかさ」
「…寿ちゃん?」
「そ、君の言う寿ちゃん。まあちゃんから見たら全然普通かもしれないけど羨ましいよー?ま、ちゃんのポジションの方が羨ましいけどねー」
「え」
思わずジャガイモと一緒に手を切りそうになってしまった。びっくりして友達のほうを見ると「皆言ってるよ?」なんて予想外の返事が返ってきた。そりゃあ今日の登山中に寿ちゃんがモテることを初めて知った、けど。まさか皆言ってたなんて!てゆうか皆ってどのくらいの人を言うんだろう。「そ、そうなの?」ジャガイモ剥きを再開しながら問いかける(手が止まるとみんなに迷惑だからだ)「そうなの!もしかしたらいじめられちゃうかもよぉ?」なんて言われちゃったもんだから。
「ええ!…って、いっつ……っ」
「ちょ、ちゃん!?」
驚いた瞬間、今度は確実にジャガイモをすり抜けて自分の親指を切ってしまった。ドクドクドク、と血が出てきて、それに気づいた友達が慌てた声を出す。「大丈夫!?」ってあんまりにも心配そうにされたから「だ、大丈夫だよ」って笑って返した。あ、でもじくじくして痛い。おろおろしてたら、「どうしたの?」って声。振り向けば委員長がいて
「ばか!そういうときはジャガイモなんてほっといて手洗って消毒するの!」
って結局怒られてしまった。ご、ごめんなさぁい。言われたとおりにジャガイモと包丁をまな板の上に置いたら、委員長がぐいっとあたしの手首を引っ張って、蛇口を思いっきり回した水にばしゃっと入れた。勢いよく出てくる水が冷たくて気持ちいいって言うより痛かったけど、それもこれも心配してくれてることを思ったら、まさか痛いなんて言えなかった。
手際よく委員長がバンソーコー持ってきてくれて、はい手だして!とまだちょっと怒った風に言うから、びくびくしながら手を出した。シンプルなバンソーコーが親指に巻かれて、「さ、とりあえずOK」と満足げに委員長がやっと笑った。
「ありがと」
「ん。これにこりたら包丁持ってるときはおしゃべりしない!」
どうやら、おしゃべりはバレてたみたいだ。でもその忠告はありがたく受け取っとくことにする。
「てゆうか、手のバンソーコーって、明らかに料理不得意ですって証明してるみたいなものだよね」
「でも実際不得意でしょ?」
む、失礼な!まあ、そのとおりですけど!
2009/01/07