愛と恋の副作用
カッキーーーーーーンッ!
決して遅くないボールが、ピッチャーの手から離れてまっすぐ飛んでくる。それにあわせてバッターがブン!ってすっごいスイング音を立てた。そうすれば金属バットに白いボールがジャストヒットして、その白い点が高く高く打ち上げられる。これは、いいところまでいく。特大ホームランを打ったのは言わずともがな、横浜リトルのキャプテン寿ちゃんだ。さっすが寿ちゃん!
ちょっと汚れた野球ボールが大きく伸びる。風も味方したみたいで、それはどんどん遠くに飛んでいって、ポトンと落ちたところは、グラウンドの外。つまり、場外ホームランってわけ。わーー!って声が上がる。寿ちゃんはゆっくり走りながら一塁、二塁、三塁を通って、ホームベースをしっかりと踏んで帰ってきた。横浜リトルに一点が加算される。わーすごいよすごいよってチームメイトに囲まれてる寿ちゃんの背中を見て、あたしは一人離れたベンチで称賛の拍手を送る。みんなにタッチをし終わった寿ちゃんがあたしの方を向いて、あたしが「やったね!」っておっきな拍手を送ったら、寿ちゃんがヘルメットを取ってにこって笑った。
それから、次のバッターは残念ながら三振してしまって、チェンジ。寿ちゃんは捕手なのでそっちの方に行ってしまった。でもほんとすごいなぁ。最近ずっと調子が良いみたいで、活躍しっぱなしだ。すごいなぁすごいなぁ。すごいってことくらいしか思いつかないなー。ってグラウンドを見つめていたら、あたしの前に影が出来て、ん?って顔を上げると大河君の姿があった。それから「隣いいっすか」って言って、言ったくせにあたしの返事を待たずして座り込む。
「あれ大河君、こっちに来ていいの」
「あっち人多いし、さん一人で寂しいかと」
「えー…あたしそんな淋しがり屋じゃないよー」
「どうだか」
ふふんって笑っていった大河君の顔はすっごく憎らしい!なんか、意地悪って言うか、そう、生意気な笑顔。そうだもん!って言い返したらまたふふんって笑うからちょっとムってなったけど、でもよくよく考えれば大河君は年下なんだし、ここはあたしがお姉ちゃんにならなくっちゃ!と意気込んで、一つ咳払い。それから「てゆうかさん、て呼ぶの止めない?」って提案してみた。
「は?」
そしたら予想通り、ぽかんってしてる大河君の顔。こういうの、はとが豆鉄砲くらったような顔って言うんだよね、確か。何言っちゃってんの?みたいな表情を浮かべてる大河君に小さく笑って、ぴんって大河君の前に人差し指を立てながら説明開始。
「だって、あたし大河君のこと、清水くんって呼んでないのに。なんか変な感じだよ」
「だからでいいよ」って言ったら大河君がちょっとだけ考え込む仕草をして、…「さん」初めて、下の名前をさん付けされてちょっとドキっとした。まあ、確かに大河君は年下だし、呼び捨てなんてしにくいんだろう、けど!いっつもちゃん付けが多かったからか、すごく新鮮だ。黙りこくってると「そう呼べってことですか?」って疑問を投げかけられて、ドキドキしっぱなしのまま「うん」って頷く。まあでも…
「呼べって、命令じゃないけど。呼んでくれると嬉しいかなって」
だって、やっぱりせっかくこうやって話せるようになったなら、少しでも仲良くなりたい。名前で呼べば仲良くなるなんてそうじゃないかもしれないけど、でも親しくなれた気がするからあたしは仲良くなった子や仲良くなりたい子には名前で呼びたいし、呼んでもらいたいと思う。だから大河君も呼んでくれると良いな。ってにこにこして言ったら、大河君があたしからちょっと目を離して、
「はあ、まあ…本人が言うなら」
てぽそぽそって言った。
そんな会話を繰り広げてると、いつの間にか相手チームはスリーアウトチェンジになっていて、うちのチームから一番目のバッターがバッター打席に入っていく。あ、そういえば!次のバッターが大河君だと言うことに気づいた。だから「大河君出番だよ!準備しなくっちゃ!」って言ったら、知ってますよ。って可愛くない返事。素直じゃないなーって思ったけど、スタンバイ席に向かう大河君の背中はどこかりりしく見えて、「頑張るんだよ!」って声をかけたら「まあ、それなりに」ってまたちょっと大人ぶってる。9歳なんだからもうちょっと可愛くなれば良いのに!あたしが9歳のときってこんなじゃなかったと思うけど!でも素直な大河君を想像したらあまりにも可愛すぎて笑ってしまった。本人にはバレてないけど。
それから、大河君は寿ちゃんに負けないくらいの大きなホームランをかっ飛ばした(寿ちゃんみたいに場外ではなかったけど)すっごいすごーい!よくやった!ってベンチから立ち上がって褒めたら、大河君がベースを踏みながら、ちぇーってメットのツバをくいっとあげた。悔しがってるけど、君すごいことだよ!うん!
★★★
「ナイスバッティング」
帰ってきた大河君に寿ちゃんが声をかけたら、「寿先輩ほどじゃないですけどね」ってやっぱりどこかひねくれた解答。てゆうか一丁前に寿ちゃんと張り合ってるって思ったらなんか可笑しかった。
「もう、そこは素直に喜ぶのが可愛い子の特権なんだよ!」
離れたベンチから叫んで注意したら「可愛いなんて思われなくて良いですからけっこーです!」なんて、言うんだ。
それでも、言葉や性格はひねくれてるけど何故か可愛いと思ってしまうのは、大河君が弟のような存在で、今までにあたしの周りにはいないタイプだったからかもしれない。
その日の試合もうちの勝ち。初試合の大河君を含めた四年生諸君は監督に褒めてもらってどこか嬉しそうだったように思う。そんな光景を見てると、リトルに入ったばかりの寿ちゃんの姿がダブって、なんだかすっごく懐かしかった(たった二年前のこと、なのに)
2009/01/10
これは佐藤寿也夢です。決して大河に変更されたわけではありません(笑)…しいて言うなら、愛情出演です(笑)