愛と恋の副作用
「で…行かないの?」
行ってもいいと言ったのに、変わらず突っ立ってる二人を見て、淡々と言葉にした。我ながら、すごく意地悪な質問だと思う。証拠に二人は困った風に眉間にしわを寄せた。反省してるんだと言う事が良くわかる。はあ、ためた息を吐き出すと、ビクリと身体を固くするから…別に取って食うわけじゃないんだから。と心の中で思った。まあ、それくらい恐れられてしまう言い方した自分が悪いんだけど。
「…行ける、わけねーじゃん」
言ったのは箕谷木だ。気まずそうに口を尖らせて拗ねてる風な物言いに続くのは加護嶋の声。「…班行動、だもんな」もうちょっと待つよ。と言った二人に、にんまりと笑んだ。
はちゃんと佐藤君に会えただろうか。全く世話が焼けるんだから。そう思うけど、なんでか憎めない。
ぐず、ここに居たって何も変わらないことはわかってる。でも、もう腰が抜けて歩けない。なんでこうなっちゃうんだろう。せっかくの楽しい修学旅行のはずだったのに。なんであたしはこんなところで泣いてるんだろう。お化け屋敷なんてしょせん子どもだまし前向きに考えようと思っても、もう無理だ。だって、絶対あんなの可愛いと思えないし、実際友達になんてなれない。ボロボロと涙が零れ落ちて、ほんと情けない。みんな、もう出口で待ってるのかな。もうどれくらい経ったかもわかんない。でももうずいぶん長い間ここにいるような気がして。もしかして、もうみんな待ってないかもしれない。そう思うと余計に悲しくなる。“孤独”あたしの頭にはその言葉がおっきく浮かんできて。もうほんと…ヤダ。なんであたし一人でこんなところにいんの。でも、あたしがいない方が早紀ちゃんは寿ちゃんといられるから、あたしはいない方が良いのかな。一瞬だけ思ったけど、でも、淋しい。ツクン、また胸の奥が痛くなる。
なんで、なんで。
なんで―――こんなとき、寿ちゃんがいないんだろう。
「ふ、ぅえ…っ」
ぐずぐず、と涙と同じくらい鼻がなる。もうほんとヤダ!視界がぼやけてるけど、全然怖さがなくなってるわけじゃない。てゆうか見えないだけで近くにいるのがわかる。変な音はとめどなく聞こえてくるし、「うごぎゃぁぁ」みたいな雄たけびっぽい声が聞こえて、そのたびにびくって体が反応する。その恐怖から逃げるために、あたしに出来る事はただ一つ、両耳を両手でふさいで、体育座りして、顔を足にうずめるだけ。極力怖くないように、ぎゅうって目をつぶって耳が痛くなるくらいに両手でふさいで。こんなことしても、出口につくわけじゃないんだけど…でも、まだ腰が抜けて、動けない(ほんと、最悪っ)
「と、しちゃ…っ」
呼んだって届かないのに。そう思うのに、どうしても頼ってしまうのはあたしが甘えただからなのかな。そんな自分が時々情けなくて嫌になるけど、でも…それでも寿ちゃんはいっつも笑って許してくれるから、どうしても呼んでしまう。怖いよ、嫌だよ、なんで隣にいてくれないの…っ
「!?」
もっかい、名前を呼ぼうとした瞬間、ガバって、ナニかに両肩を握られた。もしかして、お化け!?や、やだっ!大声をあげてそれから離れるようにじたばたあばれたら、微かに何か聞こえて、それから、両手をがしっと掴まれた。
「!」
そして、聞こえたのは、あたしを呼ぶ声。誰か、なんて目を閉じててもわかっちゃうよ。恐る恐る目を開けると、眉間にしわを寄せた寿ちゃんの姿。それからおっきなため息をついて、「よかったぁ…」って、あたしの肩に顔を寄せた。ぽん、って触れるおでこと両肩を掴む寿ちゃんの手は熱い。ちょっと汗のにおいがして…あたしは止まりそうな思考回路をなんとか動かして寿ちゃんの名前を呼んだ。それは、すっごくかすれた声だったけど。
「いつまで経っても出てこないから…もしかして、怖くなってうずくまってるんじゃないかって思って」
まさにその通り。「予想は的中したね?」苦笑いの寿ちゃんの目とかち合って、それがあんまりにも優しくって、そんでもって孤独だって思ってたのに、来てくれたから、ちゃんと迎えに来てくれたから、安心して、またボロボロ泣いてしまった。「本当は泣き虫なんだから」呆れたような、でも軽い声が優しくあたしを包む。「と、じちゃ…」鼻声だしひっくひっくってしゃっくりは出るしでうまく言葉にならなくってそんなあたしの顔を「あーあ」って言いながらほっぺたを包みながら親指で拭う。「きりがないね」何度か拭った後そう言って、今度はあたしの背中をポンポンって数回たたいた後、「良く、頑張りました」って寿ちゃんがあたしを抱き寄せた。顔は見えないけど、多分優しく笑ってるに違いない。あたしはコクン、大きく頷いて寿ちゃんに抱きつく。ぎゅうって背中にまわした手で寿ちゃんのTシャツを離れないように強く握りしめた。
★★★
それから何分経ったのか、だんだん落ち着いてきたあたしは寿ちゃんのTシャツを離した。見事にしわくちゃになってしまったTシャツにちょっと気がめいったけど、寿ちゃんがふわって笑うから、あたしもすぐに笑顔を取り戻す。「ごめん、ね」わざわざ来てもらったこととか、小六にもなってベロベロに泣いちゃって抱きついちゃったこととか、もうとにかく色々。不出来な幼馴染でゴメン。しゅん、と頭を下げたら、ぽん、って頭を叩かれて顔をあげたら「ほら、いつまでもしょげてないで」って優しい声。
「…、ほら」
差し出された手。そこに右手を重ねて、立ち上がる。それと同時にお化けが「ぎぎゃああ!」みたいな変な叫び声をあげるから思わずぎゅうって強く寿ちゃんの手を握ってへたり込んだ。足が、またがくがく震えだして、ほんと情けない。?心配してくれる寿ちゃんに「ご、ごめん」って謝るけど、でもやっぱり怖いものは怖い。二人になったから大丈夫だと思ったのに、それでもまだ怖い。そしたら、寿ちゃんが「しょうがないなぁ…」って言って、あたしの手を離した。それから、あたしの前に屈んで。
「ほら、乗って」
え、無意識に声が出て、寿ちゃんのその行動の意味を考えると「え、じゃなくておんぶ」ああ、そっか。おんぶ。納得しかけて、え、でもさすがに12歳にもなる子がおんぶは恥ずかしくない?って言ったら「だって立てないんでしょ?」正論を返されてうぐぐって声が詰まった。「ほら早く」みんな待ってるんだよ。なんて言われちゃったらあたしに断ることなんて出来なくて。寿ちゃんの背中に覆いかぶさった。首に腕を巻きつけたら、寿ちゃんが立ちあがる。「よっと」一回、体制を立て直すように抱えなおされて、一瞬だけふわっと体が浮かぶ。
「怖いなら、目、閉じてなよ」
「うん」
頷いて、ぎゅっと目を閉じる。それから、寿ちゃんの背中に耳をくっつけると、寿ちゃんの心臓の音がトクトク聞こえた。そしたら、ふっと安心感。単純、って思われるかもしれないけどさっきまでずっと怖い怖いって思ってたのに、ちょっと平気だ。寿ちゃんが前に進む度に上下する感覚も、まるでゆりかごみたい。「寿ちゃん、ありがと」呟いた言葉に返事はなかったけど、寿ちゃんがちょっとだけ笑ったように、思う(雰囲気、的に)
2009/01/20
お化け屋敷編終了(笑)いつでも王子様は駆けつけます。以心伝心。いいな、言わなくても伝わるとか。どんだけテレパシー!(笑)