MOI et TOI

愛と恋の副作用




ぐいぐい引っ張られて、食い込む爪が痛いとか、もっとゆっくり歩いてとか色々思うところはあったけど、全部声に出ることはできなかった。だって、すごく、怖かった、から。怒ってる風なセリフと行動。何に対して?思ったけど、とっさに早紀ちゃんの顔が浮かんだ。





連れてこられたのは、お風呂場からちょっと離れた、ついでに言うなら部屋とは反対方向の場所。ちょっとだけ薄暗い廊下で立ち止まられたときに、ようやく強く掴まれてた手首が解放された。じんじんする右手首を左手でさすると、ちょっとだけ紅くなっていて、それだけ怒ってる、んだ。って頭の中でわかった。恐る恐る見つめると、鋭い瞳とかち合って、戸惑う。それから、はー…って大きなため息が吐き出された。

「あのさー」

その声はさっきよりも更に低くて、びくってなる。背筋を伸ばすと、彼女が長い前髪をかき上げて「うちらが言った事、覚えてる?」そう、言った。“言った事”思い浮かぶのは一つしかない。…朝の出来事の事。バスに乗る前に、あんまり寿ちゃんといないでって、ことだと思って、あたしはゆっくり頷いた。「だったらなんで!」もう一人が声を上げた。険しい顔に、怖さが増して、あたしはやっぱり黙りこむしか出来ない。だって、ゴメンって言うのはなんかちょっと違う気がして、でも他になんて言ったら良いか、わからなくって。

「早紀が佐藤君の事好きなの、ちゃんと知ってるよねえ?」
「それなのに、なんで邪魔するの!?」
「じゃま、なんて…」

する気はない。だけど実際今日の遊園地では寿ちゃんと早紀ちゃんが一緒になったのはお化け屋敷のほんのちょっとの間だけで、それを思い出したら、言葉が出てこなかった。「早紀はああいう性格だから強く言えないだろうけど、傷ついてるんだよ。うちら友達してみてらんないわけよ」ツクン、胸が痛い。ツン、と鼻も痛い。彼女たちの気持ちはすっごくよくわかる。傷ついてる顔、してたもん。「ご、め」結局あたしの口からは謝ることしか出てこなくって、でも今何か言おうとしたら涙が出そうだった。ぎゅっと唇を強く結ぶと、

「ねえ、ほんとうはちゃん佐藤君のこと好きなんでしょ?」

ため息交じりで、でも怖さを含んだ声が聞こえてきて、あたしはバっと顔をあげた。“好き”そりゃあ寿ちゃんのことは好き。でも今彼女たちが聞いてる“好き”は早紀ちゃんと同じ気持ちの“好き”かどうかだ。そしたら言う事は一つ。

「ち、違うよ?」
「嘘!じゃなかったらあんなに一緒にいるの、おかしいよ」
「だ、だってそれは、幼馴染だからで」
「幼馴染でも限度があるんじゃないの!?普通このくらいの年になったら、女の子の幼馴染だったら変わらないかもしれないけど、男の子の幼馴染だったら女の子の友達とつるむようになるものだよ!なのに、佐藤君にべったりってことは」
「ち、違うよ!ほんとに、あたし寿ちゃんのこと好きじゃない!」
「…だったら、証拠見せてよ!」

ちゃんと、わかる様に証拠見せてよ!もう一度同じ事を言われて、あたしは「……え?」って聞き返す。だって、証拠なんて気持ちに証拠なんてあるわけない。口を閉ざしたら彼女たちがお互いに目配らせして、

「残りの修学旅行中、今度こそ佐藤君の近くにいないで。そしたら、ほんとに幼馴染なんだって、信じれるから」

なんで、そんなこと彼女たちに言われなくっちゃいけないんだろう。なんで寿ちゃんとの行動を規制されなくっちゃいけないんだろう。思ったけど、でもあたしが何か言う前に「今の状況は、早紀だけじゃなくって佐藤君を本気で好きな子みんなに失礼だよ」って言われて、あたしは言葉を失った。…真剣に恋する女の子たちの気持ち。初恋もまだのあたしには良く分からない。だけど、きっとつらい。結局あたしは黙りこんで何も言えなかった。そしたら、二人が「とにかく、そういうことだから」って去っていく。パタパタと遠くなる足音。あたしは、動けなかった。



★★★



どれくらい時間が経ったかな。そろそろお風呂場戻らないと、待ってるよね。それとももう待ちくたびれてお部屋戻っちゃったかな。そう思うのに、やっぱりあたしはさっきと同じ場所からずっと動けないまま立ちつくしていた。なんか、去年もこういうことあったなぁ…。あの時は、合宿だった。まだ真新しい記憶を思い出して、泣きたくなる。なんでかな。もしかしてイベント関連呪われてるのかな。あたしはただ、楽しい思い出作りたいだけなのに。そこに、寿ちゃんがいたら面白いって思ってるだけ、なのに。でも、寿ちゃんはあたしが思うよりも人気者なんだ。そんなの、去年から知ってることじゃない。だから、彼女たちがああやっていうのも仕方ないことなんだ。
それが、『恋』って感情、なんだ。ただ、そばにいたいって思ってるあたしとは違う。
ズキズキって胸が苦しい。すごく、痛い。まるで針で心臓突かれてるみたい。痛いよ、痛い。すっごく痛いよ。ポロリ、涙が出てぐしぐしと乱暴に手でぬぐった。「!こんなとこにいた!」そしたら、聞こえる声。見なくってもわかる。寿ちゃんだ。嬉しいはずなのに今は会いたくない。そう思ってるからあたしは寿ちゃんの顔を見ることが出来なかった。くつが床をはじく音が聞こえる。それはどんどん近付いてきて、「…どうしたの?」寿ちゃんがあたしの異変に気付いた。

「なんでも、ない」
「なんでもなくないだろ」
「は、離して!」

言いながら寿ちゃんがあたしの手を掴んだからあたしは思わず大きな声と一緒に手を動かした。バチンッ!振り切った手が、狙ったわけじゃないのに寿ちゃんのほっぺたに当たった。

「…あ…」

その事に、恐怖して声が出ない。寿ちゃんはあっけに取られてるって言う感じの顔をした後、…って、あたしの名前を呼ぶ。謝らなくっちゃいけない。わかってはいたけど、でももしこんなところ早紀ちゃんや彼女達に見られちゃったら?不意に、さっきの出来事を思い出して、怖く、なった。約束破ったって思われちゃう。ごめんね、って心の中で寿ちゃんに何度も謝って、

「い、今寿ちゃんと話したくないの!だから、話しかけてこないで!」

そういって、寿ちゃんの顔も見ずに走り出した。だって、顔なんて見れるわけないんだ。見ちゃったらきっとほんとのこと喋っちゃう。でもそんなことしたら、早紀ちゃん達が悪者になっちゃうから。だから、ごめんね。心の中でもう一回謝って、ううん、何度も何度も謝って、修学旅行が終わったら、一番に話しかけて謝ろうって思った。
きっと、寿ちゃんなら許してくれるはずだもの。だってあたしが不機嫌なの今日が初めてなわけじゃないし。心の中で言い訳を作って、とにかく寿ちゃんと離れるために闇雲に走った。

「った、」
「あ、ごめ…」

目の前にいたのはで、「もう!遅いから心配して探してたんだから!佐藤君も探してくれてて…?」どうしたの?なんて声に、なんでもないって頭を振ったけど、は見逃してくれなかった。なんでもなくないじゃん。って、ポンって肩に手が置かれた瞬間、さっきの場面がばっと頭によぎって、あたしは泣いてしまった。

「どうしよう、寿ちゃん叩いちゃったっ」

冗談でもほっぺた叩いたことなんてなかったのに、多分痛そうにしてた。そう思ったら、涙が出てとめられない。でも、だってどういえばいいのかわからなかった。だって寿ちゃんも大事だけど友達も大事だったんだもん。だからって言い方があったのかもしれない。でも今のあたしにはああいう言い方しかできなかったんだ。





  





2009/01/29

って、こうなるわけで。