MOI et TOI

愛と恋の副作用




「話しかけてこないで、かあ…」

寿ちゃんが、淋しそうにつぶやいた言葉はもちろんあたしに聞こえるはずもない。
そして、このときの行動をあたしは後になって痛いほど後悔することになるのだ。もちろん、そんなことも知るはずないんだけど。

それから胸につっかえた気持ちを抱えたまま、あたしたちは今日次の目的地京都に旅立つことになる。寿ちゃんと、どんな顔して会えば良いのかわからない。でも、話しちゃダメって気持ちが強く根付いて、朝からすっごく憂鬱だ。





「おはよう」

そう声をかけられたのは起床時間の一時間も前の事。昨日の出来事の所為か眠れなくて、早く目が覚めたあたしは、そうっと部屋を出て顔を洗っていた。フェイスタオルでぽんぽん、と冷水をふき取った瞬間、その声がかかった。普通よりも高い女の子の声。それがあたしの良く知った人だとすぐわかって、あたしも挨拶を返した。鏡越しに確認すると、其処にいたのはやっぱり予想した通りが立っていて、あたしの横の洗面台に立った。「今日、早いね」の言葉にビクって反応してしまう。パシャ、横を見るとが顔を洗っている最中だった。その動作をしばらくじっと見てると「やりにくいんだけど」って言われて、あたしは目を逸らした(すんごい、見てた!)

「……もう、大丈夫なの?」

その問いかけが一体何を指してるのか、わからないほどあたしは鈍感じゃない。昨日の事をには一部始終話してある。泣いてた意味も、寿ちゃんに対して酷い事言った事も、早紀ちゃん達を裏切れなかったって事も。ツキン、胸が痛んだけどなんとか笑ってコクリと頷いた。「大丈夫!ありがとう!」我ながら、上出来。そしたらまっ白いタオルで顔を拭き終えたが、ふーん…って言ったかと思うと、あたしのおでこを思いっきり叩いた。ベチン!小気味いい音が奏でられて、反射的に「いたっ!」って言ったら、「自業自得」ってはさっきと変らないままの無表情で言う。

「眉間、しわ。そんなんで“大丈夫”なんて良く言えたね」

は、自分が思ってるよりも随分自分に素直だよ。

白いタオルを首にかけながらは言った。どういう、意味なんだろう。思いながら彼女を見たら「そういうところ」ってまるで心を読まれたみたいに言った。え、ちょ…エスパー?「顔がコロコロ変わるんだもん、わかるよ」そっけなくあたしが疑問に思ってた答えをくれるから、あたしは黙ってしまった。

「だから、に作り笑いは似合わない」

きっぱりと。表情も変えずに言われたセリフは、痛いくらい自分の胸に響いた。見破られたことがショックだったんじゃない。だのに、衝撃的だった。「付き合いの短い私でも思うんだから、きっと佐藤君はもっとわかってくれてるはず」だから大丈夫なのだと。心配しなくてもすぐ仲直り出来るよと、は言ってくれた(こういう励まし、苦手な、はずなのに)ありがとう。にこって笑ったら、ようやくの表情が柔らかくなった。



★★★



起床時間になって、朝食の時間になって、それでもあたしはなぜか寿ちゃんと話すことが出来ないでいた。姿を発見するものの、視線が合う事がないから、なんとも話しかけづらい。いつもケンカしちゃったときってどうしたっけ?昔のケンカ歴を思い返すと、そういえばいっつも一方的にあたしが怒って、それで最終的に寿ちゃんが謝ってくれるってパターンだった。よくよく考えると、自分からケンカをふっかけてるから、なんとなく意地になって…っていうか、そのあと何を言われるのか怖くってあたしからはアクションが起こせなかった。つまり、今、まさにそのパターンなわけで。…でも肝心の寿ちゃんはあたしと視線を合わせてくれもしない(まあ、別行動してるってこともあるんだけど)なんか昔からほんと寿ちゃんに迷惑かけてばっかりだよなぁ、自分。そう思うとすごく、へこむ。ケンカの後はいっつも寿ちゃんは悪くないのに、謝ってくれるんだ。「ごめんね、ちゃん」って。初めてケンカしたときから、ずっと。

あれ?

そうまで考えて、何か自分が忘れてることに気付いた。…ケンカは確かに殆どあたしから一方的に怒るってパターンだった。でも、ほんとにそうだったっけ?…確か、すっごくすっごく前…一度だけ、寿ちゃんがあたしに怒った事があった気がする。そのときばかりは次の日寿ちゃんは話しかけてくれなくって…。確か、あたしは泣いちゃって。……それから、どうしたんだ。てゆうか何が原因でケンカになったんだっけ。色々思いだせなくて、もやもやする。でも、今回はあたしが怒ってるパターンだから、寿ちゃんがうんぬんは関係ない。そう自分の脳みそに言い聞かせて、あたしはそれを考えるのをやめた。



「オーッス」

バスの前、ようやく班行動の開始だ。昨日ぶりに会った箕谷木君と萱嶋君におはようって言って、後ろに見える寿ちゃんをちらりと見た。そしたら目が合って。ドキっとする(ん?びくっと、なのかな)そしたら、寿ちゃんの顔が早紀ちゃん達の方にも向いて、「おはよう」その言葉にみんなおはようって返す。もちろん、あたしも返した。……でも…なんか、違和感。なんだ、ろ。この気持ち。じっと寿ちゃんを見たけど、寿ちゃんがあたしを見ることはない。こういう視線に寿ちゃんは敏感なはずなのに。…また、違和感。寿ちゃんはを見ながら「今日も席順一緒で良いよね」そう言って、そのまま早紀ちゃんの名前を呼んでバスの中に入ってしまった。
…昨日だったら、…またね、ってあたしの名前を呼んで笑って手を振ってくれるはず、なのに。…胸が痛い。無意識に右手で胸の方の服を強く握った。そんなことしても、痛いのは変わらないのに。ポン、肩を叩かれて振り向けばがいて、「ほら、行くよ」ってあたしの腕を引っ張った。うん、頷いて、続いてバスの中に入った。入った先に目に映ったのは寿ちゃんと早紀ちゃん。何か話をしてて、…すごく、楽しそう。なるべく近くに座りたくなくて、あたしは後ろの方に座りこんだ。(二人は割と前の席だった)ほんとは、すっごく何話してるのか、気になったけど、でもそれを聞くのは何となくルール違反な気がして。席に座って、前の背に頭をつけて俯く。なんか、あたしすごく、変、だ。があたしの名前を呼んだけどあたしはそれに顔をあげることが出来ないまま「ごめん、早く起きすぎた所為か眠くなっちゃった」ってごまかし程度の嘘をついて、目を閉じた。そっか。そうは言ったっきり話しかけてこなくなった。キリキリ、胃なのか心臓なのかわからないけどすごく痛い。あたし、こんなよわっちい体してないはずなのに。元気だけが取り柄だったはずなのに。

『本当さんって元気っすよね』

呆れ口調の大河君の顔と声が思い出された。そう、あたし、元気っこななず、なのに。なのに、いつからこんなに弱くなったんだろ。だんだん頭も痛くなってきた気がする。それからしばらくして、先生の点呼の後バスが動き出した。これから向かうは、京都、だ。…楽しみなはずなのに、なんでかな…素直に、喜べない。
ツン、なんでか目がしらが熱くなるのがわかった。(なんで、泣きそうになるの?)泣きたくなくて、ぎゅっと強く目を閉じることで涙の波から耐えた。





  





2009/01/29

なんか、ほんと一話一話が短くてすみませんって感じです…(汗)