愛と恋の副作用
なんだかんだで、もう二日目も終わってしまう。今日が過ぎれば明日の昼には神奈川に帰るのだ。後、数時間。あと数時間経てば、また前みたいに寿ちゃんとおしゃべり出来るようになる。
お風呂から上がったあたしは一人ロビーの休憩所まで来ていた。は学級委員だから最後の点検と次のクラスへOKサインを出すという役目がある。だから、ココで時間潰し。ロビーに置いてる自動販売機でアイスココアを買って、あたしは一人ソファに座ってテレビを見ていた。今、野球中継の途中だ。巨仁が勝ってるんだ。と、ぼんやりと思う。すると、「ひゃ…っ!」急にほっぺたに冷たい感触。慌てて左手でほっぺたを押さえながら後ろを見ると
「と、寿ちゃん…」
が、いた。副委員長は、委員長と同じで最後の点検があるはずじゃあ…不思議に思ってると、顔に出てたのか「男子はもう終わったから。さんもそろそろ終わると思うよ」と教えてくれた。「そ、か」そう返すのが精いっぱいだ。寿ちゃんと話が出来て嬉しいはずなのに、こんなにも胸がざわつくのは…早紀ちゃんの友達との約束、そして昼間の事が原因だ。こんなとこ、見られたら嫌われちゃうんじゃないか、とか、色々嫌な方嫌な方へと考えてしまって、どうしても嬉しい気持ち全開にはなれなくって。
「巨仁が勝ってるんだ」
ふと寿ちゃんを見ると、寿ちゃんはテレビに夢中のようだ。このまま巨仁の勝ち越しになるかな、なんて言いながらテレビに釘付けだ。あたしはその横顔が余りにも普通だったからまるで昨日の事が嘘みたいに思う。てゆうか、ぎくしゃくなってるのはあたしだけなんだって思い知らされる。まあ、確かに寿ちゃんがあたしに対して怒ってなんていないんだから、あたしの一方的な気まずさ、なんだけど。
……どうしよう。
寿ちゃんとあたしの間に、会話があるわけじゃない。だけど、でも…こんなところを早紀ちゃんや早紀ちゃんの友達に見られてしまったら?そう思うと気が気じゃなかった。キョロキョロと自分でも怪しいくらい当たりの様子を気にしてる。そしたら、きゃははって声が聞こえて来て、ドキっとした。視線の先に、早紀ちゃんの友達の姿があったから、だ。
幸いあっちはまだあたしと寿ちゃんの姿に気付いていないようだ。お願いだから見つけないで!強く願って、あたしは出来るだけ存在がバレないように身を小さくしてみる。すると、寿ちゃんが「寒いの?」なんて変な勘違い。その声が余りにも大きかったから(過剰、かもだけど)あたしはすごくパニックに陥っちゃって
「…ヤッ!」
思わず、寿ちゃんの手を振り払ってしまった。驚いた様子の寿ちゃんの顔が、視界に映る。ヤッチャッタ。そう思うけど、でも怖いんだ。もし気付かれて、裏切り者って思われちゃうのが。そう思ったら、謝る事がとっさに出来なくって、でも寿ちゃんの手を払ってしまったことがあたしの中じゃあ大きなショックで―――思わず泣いてしまった。
「!?」
寿ちゃんの慌てた声が聞こえてくる。どうしたのって言いながらあたしの頭をなでる―――優しい手。それなのに、こんなにも心が落ち着かない。別に寿ちゃん自身がわかったわけじゃないのに。「…ねがい、だから」震える声は寿ちゃんにちゃんと届いたみたいだ。あたしの頭をなでる手が、そっと離れる。それから、聞こえるのは「ごめん」って、声。謝らなくちゃいけないのは、あたしなのに。それなのに涙が、邪魔して声が出せない。泣き顔なんて嫌って程見られてるのに、今見られたらダメな気がした。もっと、もっと寿ちゃんを傷つけちゃいそうだったから。ただ、あたしの口から出るのは「ひっく、ひっく」と言うしゃくりあげる声だけ。
「話しかけるな、って言われてたのにね。ごめんね」
そう言った寿ちゃんの声は、笑ってるのに泣いてるみたいだった。顔を見てないあたしが今寿ちゃんがどんな顔してるかなんてわからなかったけど、絶対に傷つけたことだけはわかって。でもだからって訂正も出来なくて。ただ、頭の片隅には、友達に嫌われたくないって。裏切り者って思われたくないって恐怖が消えなくて。隣に座ってたハズの寿ちゃんがそっと離れる気配がしたけれど、やっぱりあたしは何も言えなかった。
ごめんね、ごめんね。
心の中で謝る事だけしか今のあたしには出来ない。明日になれば、全てが元通りになる。それだけが、心の支えだ。ごめんね、ごめんね。バカの一つ覚えみたいに。まるでその言葉しか知らないみたいに寿ちゃんに向けて心の中で謝る。
どれくらい経ったのか、ようやく顔をあげると、もうそこには寿ちゃんの姿はなくって。
自分がやったことなのに。チクっと胸が痛くなった。
そのあとすぐにがやってきてあたし達は部屋に戻ったけれど、他の子達と同じようにはしゃぐ気にはなれなくて、一足先に眠りについた。早く修学旅行なんて終わってしまえば良い。すごく楽しみだったくせに、今では全然楽しめない。それどころか苦痛にしか感じられなくて。寿ちゃんと話せないことが、こんなにも悲しいことなんて思わなかった。目を閉じれば、さっき言われた寿ちゃんの顔や声がこびりついて離れなくて。結局、一番初めにベッドに入ったにも関わらず、一番最後まで眠れなかった。
★★★
結局次の日も寿ちゃんと会話出来ず、昨日よりももっと気まずくなってしまった。それでもあたしは何も言えなくて。でもあたしと寿ちゃんのそんな微妙な関係はお構いなしにバスは出発した。二泊三日の修学旅行も、もう終わり。さすがに三日間、みんなはしゃいでいたせいか、帰りのバスは行きとは違って静かなものだった。疲れて寝てしまってる子が沢山いたから。
今日のバスの席順も、寿ちゃんとあたしは離れて座っている。あたしは先生に注意されない程度にお尻をあげて、前の席を覗き見た。みっつ前が寿ちゃんと早紀ちゃんが座ってる席。みてみると、早紀ちゃんは寝ちゃってるのか会話らしい会話をしてなかった。「気になるの?」突然声をかけられて、あたしはビクっとしてしまった。「え?」出来る限り大きな声を出さないように(周りが寝ているから)隣を見れば、さっきまで目をつぶっていたはずのとばっちり目があった。
「…寝てるかと思った」
「目、つぶってただけ」
そう言いながら、は小さなため息をついて、じっと前の方をみた。寿ちゃん達の席側、だ。あたしは黙りこんでしまうと「…まだ気まずいままなの?」ってが声を落として言った。あたしはそれに一度ためらって…でもコクンって頭を縦に振った。
「でも、ちゃんと…修学旅行が終わったら仲直りするよ」
「…」
「だって、早紀ちゃん達の友達とはそういう約束だもん」
これで、変な誤解を受けずに済む。早紀ちゃんが悲しむ事は何一つなくなるんだ。だって、あたしは寿ちゃんと幼馴染で。今回の修学旅行、気まずかったのは悲しいことだけど、でもこれから先また仲良く出来るんだもん。
にこってに笑って言ったら、「…うまく行くと良いけど、ね」とどこか納得が言ってないような…心配そうな声。そんな顔させたくなくて、出来るだけ安心してほしくってあたしはまたにって笑ったまま言葉を返す。
「大丈夫だよ、寿ちゃん優しいもん。謝れば、許してくれるもん」
前、ケンカしたときだって、そうだ。ちゃんと謝れば最終的には寿ちゃんは絶対許してくれる。こんなささいなことでケンカになる程寿ちゃんは子どもじゃないもの。絶対ごめんね、って言えばしょうがないなって笑ってくれるに決まってるんだ。
「だから、が心配する事ないんだよ」
そう、何も心配する事なんてない。「がそういうなら…良いけど」そう言ってたけどそれでもまだは心配そうな顔をしてた。でもそれがそれだけあたしの心配してくれてるって思ったら、やっぱり嬉しい気持ちが強くって。あたしはに「ありがとう」ってお礼を言った。そう、何も心配する事なんてないんだから。その言葉は、確かにに言ったけれど…でも
どこか、自分に言い聞かせてるような気が、してた。
2009/08/26