MOI et TOI

愛と恋の副作用




「はいはい、みなさーーん!もうそろそろ学校ですよー!」

先生の大きな声がバスの中に響いて、あたしは目が覚めた。中間地点あたりから、みんな本格的に寝入っちゃってつられて結局あたしも寝てしまったらしかった。はっと目が覚めたけど、まだうつろのまま前で立ってる先生をみた後、外を見れば、ほんとだ。見慣れた学校周辺の景色。
ふああ〜と大きなあくびをしたら、がくすって笑った。顔をみるとあたしとは違ってすっきりとした顔つき。いつから起きてたの?って聞いたら、三十分も前だから驚きだ。てゆうか声かけてくれればよかったのにぃ。

「気持ちよさそうに寝てたからね」

どうやら顔に出ちゃってたみたい。またクスクス笑われてしまって、あたしは唇を尖らした。





バスが停車して、クラスのみんなが次々に降りていく。はあまり騒々しいのが苦手だから空いてから降りて良い?と早めに言ってた。だからあたしたちは降りてくみんなを座ってみてた。だいぶ空いたのはすぐの事だ。じゃあそろそろ降りようかっての声に頷いて、バスを降りる。そしたら綺麗に整列して、先生をみんな見つめた。

「長い旅行も今日で終わりです。みなさんお疲れだと思うけど、途中で寝たりせずにまっすぐ帰りましょう!」

多分みんなが眠たそうだったからのセリフ。思わず笑ってしまう子もちらほらいて、あたしもその一人だった。さすがに帰り道で寝ないって。それから一言二言喋った先生が大きく解散の合図をしたから、みんなどんどん帰っていくことになった。中にはもうお迎えに来てる子達もいて。でもあたしは送りこそしてもらったけれど、帰りくらいはそう遅くない時間だからわざわざ頼んでない。学校の正門の大きな時計を見れば、4時だ。いつもより遅い時間だけど、いつも帰る時間に比べれば全然速い(いつもは野球をみてくからもっと遅い)
大きく伸びをして、帰ってく友達何人かに「バイバイ!」って挨拶して、あたしははっとあたりを見渡した。寿ちゃん。キョロキョロ探したけれど、でも姿が見えない。

…ついて、ない。

はあ、小さなため息が漏れて、あたしの心もちょっと沈む。ああ…せっかく謝ろうと思ったのに。寿ちゃん、こういうときドライだな。
もしかしたら、待っててくれるんじゃないか、なんて…とことん自分は甘ちゃんなのかも。でも、寿ちゃんならきっと喧嘩中でも待っててくれるような、そんな気がしてた、のに。

ちゃん!ちゃん家もこっちだよね?私達と一緒に帰ろうよ!」
「あ、ご、ごめん!あたし急いで帰らなくっちゃいけないから!ごめんねっ!」

もうココには寿ちゃんはいないけど。でも、今日を逃がしたら、言えなくなっちゃう気がして。友達の誘いを断ってあたしは一人学校を後にした。重たいボストンバックを何度も肩から掛けなおしながら、懸命に走る。「ハッ、ハァッ」すでに息が上がってるけど、でも頑張れば、追いつけるんじゃないかって(寿ちゃんがいつ頃帰ったかなんて、わからないくせに)息も切れ切れに、家に帰った。「ただいま!」駆けこむように家の中に入ると、妹がお出迎えをしてくれて

「あ、お姉ちゃんお帰り!」
「ただいま!」
「はい!おみやげは?」

そのまま出て行こうと思ったのに、妹はそれを許してくれなかった。えっと…ってボストンバックの中から妹宛てのお土産を取り出す。そうすればキッチンの方からママも出て来て「あら、そんな玄関にいなくて中に入りなさい」って言うから「あ、でもあたし寿ちゃんに」…どうしても、謝らなくっちゃ。その言葉は言えなくて、止まってしまうと、ママがくすって笑って。

「ほんとは寿君が好きなのね。でも寿君も帰ってきたばっかりでおうちでまったりしたいんじゃない?」
「うっ」

そう言われてしまったら、言い返す言葉なんてなくて。
…………でも…………

!?」

「話しかけるな、って言われてたのにね。ごめんね」


あの時の、寿ちゃんの顔が、離れないの。今日言わなきゃ、今言わなくちゃダメな気がするんだ。寿ちゃんは疲れてるかもしれない。だけど、でも、あたしがイヤだ。寿ちゃんをこれ以上傷つけたままにしたくないんだ。

「ご、ごめんママ!すぐに帰ってくるから!」
「電話じゃ駄目なの?」
「ダメなの!直接じゃなくっちゃダメな事なの!」

電話でなんて伝えられない。だって、ちゃんとあたしが寿ちゃんの顔をみて言いたいんだもん。
ごめんね!ってママに謝って、家を飛び出した。



★★★



「ハアッ、ハアッ、」

最近こんなに全力疾走なんてしたことがないから、もうすっごい辛い。喉は焼けるみたいに痛いし、心臓もバクバク鳴りすぎてる。身体中熱くて、汗が流れおちた。あたしはようやく目的地に着いて、一度おでこに浮かんだ汗をぬぐい去ると、呼吸を整えるために一度深呼吸をした。それでもまだ心臓は煩いくらいに鳴り響いていたけれど。
ドキドキしながら、インターホンを押した。ピンポーン。普通なら、数秒程で、必ず出てくれると言うのに(いつもはおばさんだけど、寿ちゃんも出てくれたりするのに)今は何秒経っても静かなまま。?と思ってもう一度チャイムを押す。
やっぱり、静かなそれ。思わず「としちゃーん!」って叫んだけど、それでもやっぱり中からの返事はなかった。

………

「お留守?」

寿ちゃん家はお金持ちだから、だからもしかして外食でもしてるんだろうか。

…寿ちゃんに、謝りたかったのに。

でも留守じゃ仕方ない。もう一度家をみたけど、どこか暗い部屋の中。いつもなら、部屋のどこか一つくらいは明かりがともってるのに、静まり返ってるおうち。…しょうがない。ほんとは今日謝る予定、だったのに。でもずっと寿ちゃん達の帰りを待ってるわけにもいかなくて。

「…明日、また来よう」

明日は幸い、修学旅行のおかげで六年生は休み。きっと寿ちゃんはおうちにいるだろう。もしいなかったとしても夕方になればリトルの練習にでも参加してるだろうし。そう思って、あたしは寿ちゃん家を後にした。
少し、嫌な予感がしたけど…それでも、そんな不安はちっちゃなものだったから、気にしない事にしたんだ。





  





2009/08/26