愛と恋の副作用
次の日、意外にもあたしは相当疲れてるみたいだった。昨日の夜早くに寝たはずなのに、気がついたら今日は目覚ましにも気付かないでかなりの朝寝坊。ポケーっと目覚まし時計をみると時刻は午前10時35分を指していて―――
「う、きゃーーー!!!」
あたしは慌てて飛び起きた。慌てて着替えを済ましたあたしはダダダッって思いっきり階段を駆け降りると、ダイニングからママが「そんなに慌てて降りると落ちるわよー!」なんてのんきに言ってくれちゃうものだから、ほんとうに落ちてしまいそうになった。「わ、わわ!」でもなんとか手すりにつかまって、尻もちは免れたあたしは、またダダダ!と走ってダイニングに飛び込むと、トーストの焼けるにおいと一緒に…卵のにおい。
「おそようお寝坊さん」
くすくす笑うママに「おはよう」って返してそのまま家を出ようと思ったけど「ごはんくらい食べなさい」って言われたから、自分の席に着く。「なんで、起こしてくんなかったの?」って言ったら、「起こしたけど起きなかったのよ」なんて言うから、やっぱり何も言えなくなっちゃう。ほんとは普通どおりに起きて、寿ちゃん家に行く予定だったのに。「はい」って渡されたトーストにマーガリンを塗りたくって、ガブリ。それから一緒に出されたスクランブルエッグをフォークに刺して食べた。最後に出された牛乳を一口飲んで、口の中の食べ物を流し込む。
「そんなに急いで食べるとムセるから慌てないの」
「ふぁって!」
だって、早く行かなくちゃ寿ちゃんがどっかに出かけちゃうかもしれない。そう思ったら気が気じゃなくて。昨日、夜にでも電話してれば良かったのに、ほんとオフロ入ったらばたんきゅーしちゃったんだもん。ぶつぶつ言ったらママが「だったら今電話しちゃえば?そしたら待っててくれるかもよ」って言うからそっか!って思って口に出したら、まだ口の中にものが残ってる状態でうまく言葉にならなかった。「…電話は、ちゃんと口の中にものがなくなってからするのよ」なんてわざわざ注意されて、それくらいわかってるもんって思ったけど、でも言われなかったら多分、今すぐにでも電話の方に向かってたと思って、言い返せなかった(まあ口の中に入ってたってこともあるけど)
それから、口いっぱいに含んだ食べ物を少しずつ食べて、呑み込んだ。喉の方がちょっとつっかえた感じがして、最後に牛乳をまた飲む。
「じゃとりあえず電話する!」
それから、あたしは慌てて部屋の隅にある電話を手にとって、今や暗記してしまった寿ちゃん家の番号をいっこの間違いもなく押した(もう慣れたものだ)それから受話器を耳に当てると、トゥルルルルって言う発信音が聞こえ出す。この時間帯なら、多分寿ちゃんがいなくてもママさんがいてくれるに違いない。そう思ったけど、耳に当てたそこからはずっと同じ機械音しか聞こえてこなかった。…普通、寿ちゃん家はマメな家族だから、どこかに出かけるときは絶対にお留守番サービスになるはずなのに。留守電にもならない。
もしかしたらかけ間違えたのかもしれないって思って、一度受話器を置いて、また掛けなおす。今度は間違えないようにちゃんとみて。それからまたさっきと同じ動作を繰り返したけど…でもやっぱり聞こえてくるのは、さっきと同じトゥルルルの音だけ。
嫌な予感が、する。
「寿君いなかったの?」
「う、ん。てゆうか、おうちに誰もいないみたいなの」
「あら、じゃあ行っても意味ないんじゃない?」
折角の休みだからどっか出かけてるのかもしれないわね。って、ママがいつもの調子で言うから、あたしはそうかもしれないって思いなおした。「もゆっくりしてなさい」安心する笑顔で言われて、あたしはそれに素直に頷いた。しょうがない。3時になったら、リトルの練習場に行ってみれば良いか。
★★★
時間になって、いつものように電車に乗って練習場に行った。もちろん、修学旅行のお土産も忘れずに持って。練習場近くになると、いつものみんなの大きな声が聞こえてくる。練習、張り切ってるなぁ。なんて思うと、このもやもやした気持ちもちょっとだけ軽くなる気がした。きっと、この中に寿ちゃんがいるはず。そう思って、坂の上から練習場を見渡して、一気にその坂を駆け降りた。そうすれば一番に監督と目があって。「おつかれさまです!」って言いながら、「あ、これ…修学旅行のお土産です」って京都名物八橋を手渡した。それから、グラウンドを見渡して
「……あれ?」
おかしなことに気付く。寿ちゃんの姿が、見えない。もう一度監督をみて「あ、あの…監督?…寿ちゃん、は」って聞いたら、監督はグラウンドに向けてた目をそっとあたしの方に向けて、「寿也なら、しばらく休むと連絡があったぞ」って。
「え…」
「なんだ、聞いてなかったのか」
そう言われて、あたしは言葉が出てこなかった。監督の言う通り、初耳だったんだ。なんで、どうしたんだろう。気にはなったけど、監督はそれ以上教えてくれなかった。と言うより、詳しく知らないって言ってた(ほんとかどうかはわからない、けど)
…今日こそ、謝ろうって思ってたのに。こうゆうのってタイミングが大事って聞いたことがある。一回そのタイミングを逃しちゃうと、ずうっとそのままの場合があるんだって。そう考えて、寿ちゃんのあの時の顔を思い出す。すごく、傷ついた顔。嫌だ。そんなの。絶対、ヤダ。そう思うけど、でも肝心の寿ちゃんがいないんじゃ、しょうがない。ほんとはしょうがないなんて言葉ですましたくない、けど。
「さん」
どうやら、試合がチェンジしたみたいだった。突然話かけられて、えって顔を向けると、汗だくの大河君の姿があって、あたしは一瞬頭が真っ白になったけどすぐに持ち直して「お、お疲れさま!」って言ったら、大河君が袖で汗をぬぐいながら、「ん」って言った後「さんもお帰り」って言ってくれた。それが嬉しくって(修学旅行だったこと、覚えてくれてたんだ!)あたしは笑顔で「ただいま!」って言った後、大河君用に買ってきたお土産を手渡した。
「……何これ」
「お土産だよ!ほら、かわいくない?」
「…てかな、わざわざ京都とか言ったのに、野球のキーホルダーって……これ実は帰って来てから買ったんじゃ」
「ち、違うよ!そ、それに…だって、大河君のこのみわかんなかったんだもん」
野球しか、思いつかなかったんだ。そう言ったら、大河君はふうって呆れた風にため息をつくから、なんか大失敗したかもしれないって思って、心が落ち込む(それでなくても寿ちゃんとのことが、辛いのに)「…い、いやなら良いの!返して!」ってわざと元気を出して言ったら、あたしの伸ばした手が空を切った。ひょいってよけられた事にびっくりしてると大河君が「別にいらないなんて言ってないッスけど」って言いながら、ポン、ってあたしの頭を叩いて(あたしより、背、低いくせに)
「しょうがないからもらっといてあげますよ」
なんて、やっぱり可愛くないことばっかり言うんだ。でも、それが逆に良くって、沈みそうになってた心が、ちょっとだけ元気になれた。結局あたしはその日の練習を最後までみてしまって、家に帰る前に寿ちゃんの家に寄ったけど、それでもやっぱり家から誰も出て来てはくれなかった。
次の日から、学校で、あたしはいつものように登校した。けれど、チャイムが鳴っても寿ちゃんの姿は一向に現れなくて。出席確認の時に、寿ちゃんが学校を休んだ事を知った。ココ最近寿ちゃんが休んだことなんて、なかったのに。疑問に思ったけど、リトルの練習と言い、もしかしたら何かあるのかもしれないって思って、あたしはその日寿ちゃんの家に行くのを辞めた。次の日、ひょっこりそれこそ何事もなく学校に来るような気がしたから、だ。
でもそんな期待をよそに、次の日になっても寿ちゃんはやってこなくて…どうしたんだろうって思うよりも、不安の方が断然大きくなってた。だって、こんな…何も連絡がないまま何日もお休みなんておかしい。それに、おうちだっていつもお留守だし。…そう思ったら、いてもたってもいられなくって、あたしは今日出されたプリントを片手に、寿ちゃん家に来ていた。何度も何度も嫌がられるかと思って、口実に、プリント(もちろん、先生に渡すものがないかってわざわざ問い詰めたんだけど)震える手で、インターホンを押す。聞きなれたインターホンの音が一度大きく響いたけど、でもやっぱりおうちは留守のようだった。…全く、音のしない家。確か寿ちゃんのママはせんぎょーしゅふのはずなのに。…買い物にでも行ってるのかな?って思ったけど、でもココ数日(と言っても3日しか経ってないんだけど…)全く出会わないなんて、明らかに変、だ。何十分、とまったけど、やっぱり寿ちゃんのおうちには誰も帰ってくる気配はなかった。
……ほんと、最近あたし達、すれ違ってばっかりだ。
落ち込みそうになる。でもここで落ち込んだってしょうがない。あたしは渡されたプリントをポストに丁寧に入れ込むと、一度寿ちゃん家を見上げて、おうちを後にした。
―――その次の日も、結局寿ちゃんはやってこなかった。
2009/08/26
久しぶりの大河出演に、すごく楽しく書いてしまった。大河のしょうがない―――のところ、どうしても書きたかった!ツンデレ万歳!(笑)