MOI et TOI

恋愛Jigsaw Puzzle




「……オレは、さんの味方だから」


はっきりとは聞こえなかったけれど、多分大河君はそう言ってくれたんだと、思う。
次の日あたしはいつものように学校に登校した。もっかいくらい、チャレンジしなくっちゃ、そう勇気づけてくれたのは、大河君。そうだよね。素直さが取り柄なんだから、頑張らなくっちゃ。傷つけた本人なら、きっとそれを取り除くことが出来るのもあたし自身なはず。それを取り除くなんて、簡単には出来ないかもしれないけど、でも…それでもあたしは、こんな形で寿ちゃんと離れたくなんかないんだもの。

そうは思っていても、学校に来てからまだ寿ちゃんと話せていない。っていうか、やっぱりなんか避けられてるような気がする。一応挨拶はしたけれど、「あぁ」って元気のない声しか帰ってこなくって、すぐに離れていってしまった。それが、拒絶だってことに気付いて、あたしは再度声をかけるタイミングを失ってしまったのだった。





ここが、今寿ちゃんが住んでる、おうち。

学校が終わって、放課後。結局今の今まできちんと喋る事が出来なかった。でも、せっかく大河君も応援してくれたんだ(きっと、そういうの苦手だったに違いないのに)そう思ったら、今いうしかないって思った。また日にちをおいたら、うじうじしちゃうもん。そしたら今度こそ大河君にも見放されちゃうよね。第一寿ちゃんだってどんどん遠い存在になっちゃう。そんなの、いやだ。そう思って、あたしは終わりの会が終わった瞬間、教室を出ていく寿ちゃんの後ろ姿を慌てて追いかけた。でも、声がかけられなくって、…今に、至る。これじゃああたし…変な人だ。結局声をかけれなくって、寿ちゃんの後ろをこっそりとついてきてしまった。そのまま寿ちゃんが「ただいま」って言いながらおうちに入っちゃったことから、ここが今寿ちゃんのお世話になってる“おじいさんとおばあさんのおうち”なんだと思う。どうしよう。玄関の前に立って、かれこれ何分か。寿ちゃんは出てくる気配はない。でもだからってインターホン押す勇気がなかなか出なくって、どうしよう、どうしようって考えてたら「あら?」って優しい声。え!って振り返ると、そこにはおばあさんの姿があって「え、あ」とっさに声が出なくっておどおどしてたら、おばあさんはさっきの優しい声に似合った優しい笑顔で「寿也のお友達?」って聞いてきた。慌ててコクコクって頷くと、「じゃあ寿也呼ぶわね」なんて言うから、あたしは慌てて引きとめてしまった。だって、まだ、心の準備が。

「…どうしたの?」

おばあさんの声は変わらず優しい。言いにくそうにしてるあたしの様子を変に思ったのか、そう聞いてきた。「…今、寿ちゃんと喧嘩中なんです」そう言ったら、おばあさんが「まあ…もしかしてちゃん?」って。え、なんであたしの名前知ってるんだろって思って見つめたら、「覚えてないかもしれないわね、もうずいぶん昔のことだもの」って、昔あたしと寿ちゃんがここに遊びに来た事を教えてくれた。…全然、記憶にない、けど。黙りこくってしまったら、おばあさんがまたふわりと笑って、「ちょっと待っててね」と一声かけて、家の中に入ってく。え、もしかして寿ちゃん呼ばれちゃう?って怖くなったけど、どうやら違ったみたい。また一人で外に出てくるおばあさん。でもさっきまで持ってた買い物袋がなくなってる。ああわざわざおいてきてくれたんだ。理解して、

「さあ、じゃあ寿也にバレないところにでも行きましょうか」

なんて、ちょっと茶目っ気の入った顔。あたしはぽかん、としてしまったけどそれがおばあさんの優しさなんだって気付いて、あたしはようやく笑顔になった。「うん!」頷いて、その辺を散歩することになった。



★★★



歩いている中で、聞いたこと。寿ちゃんの家族のこと。今の寿ちゃんの状態の事。野球、辞めちゃったこと。「本人は、別に本気になってないから」って笑いながらリトル断ったんだって聞いた。おばあちゃん(他人行儀だからおばあちゃんで良いって言ってくれたからそのままおばあちゃんって言う事にした)達はもったいないよとか色々言ったけど、それでも寿ちゃんは笑って「良いんだ、本当に」って言ってたって。…ほんと、人の事ばっかり、気にするんだから。

「あの子は優しいから。…私達に迷惑をかけまいとしてるのよ」

物分かりの良い子。そう言って、おばあちゃんがちょっと悲しげに笑った。その気持ち、わかる。寿ちゃんはどこか人のことを優先に考えるところがあるから。…チクン、って胸が痛くなる。「でもね」おばあちゃんの言葉が続く。

「やっぱり、寿也は野球が好きだってわかるから。それが嘘だって気付いてるから、どうしても野球を辞めてほしくないんですよ。でも、あの子は遠慮して私達の言葉に絶対うんとは言ってくれないの」

その声はすごく優しいはずなのに、すごくさびしそうで。そしてやっぱりおばあちゃんの気持ちがすごく良く分かるから(だって、ほんとに寿ちゃんは野球が、好きだから)思わず泣きそうになってしまった。「あたしも、わかる」そう言ったら、おばあちゃんがふんわり笑った。

「あたしも、寿ちゃんに、野球辞めてほしく、ないんだ。だから、説得しに、きたの。でも、勇気が出なくって」

ぽつり、ぽつりとおばあちゃんに喋り出すと、おばあちゃんのしわがれた手が、あたしの頭を撫でた。ちゃんも本当良い子だね。って言いながら、ぽん、ぽん、って。その手が優しくて、泣きそうになって、あたしはフルフル頭を振る。だって、全然良い子じゃない。あたしは、わがままで

「違うのおばあちゃん。あたし、寿ちゃんを傷つけちゃったから、だから謝りたいのに、でも怖くて勇気が出ない弱虫なの」

自分は寿ちゃんを傷つけても知らん顔だったくせに、そのくせあたしが寿ちゃんに傷つけられるのは嫌だなんて、ほんとわがまま。一度拒絶されたら、怖くなっちゃって、またあんな冷たい言い方されたらって思ったら、悲しくなって。でも、きっと言った寿ちゃんが一番傷ついてる。あんなに優しい寿ちゃんにそんなこと言わせる原因を作ったのはあたしだ。でも、絶対寿ちゃんはそう言った事に傷ついてる。他人の事を一番に考える人だから。きっと、今も傷ついてるんだと思う。

「…やっぱりちゃんは良い子だわ。…そんな良い子が寿也のそばにいてくれて、本当に私は嬉しく思うよ」
「おばあちゃん」

やっぱりおばあちゃんの顔は笑顔で、これが、癒し、なのかなって思う。「だから、私からのお願い」とおばあちゃんが続けるので、あたしはさっきのおばあちゃんの言葉をおうむ返しで聞くと、おばあちゃんがくしゃりと笑って、

「寿也とこれからも仲良くしてあげてね」
「でも、寿ちゃんは」
「きっとあの子も、後悔しているに決まっているから。ただ、素直になれないだけだと思うから」

そう言って、あたしの手をにぎった。ママのと手は違う。寿ちゃんの手とも違う、しわしわの手。でもそれがすごく暖かくて、…あたしは、こくりと頷いた。だって、あたしだって寿ちゃんと仲良くしたいんだもん。おばあちゃんは良かった、って笑って。それから、またしばらく歩いたところで、立ち止まった。あと、寿也には秘密のことなんだけどね。そうちょっと悪戯っ子な笑みを浮かべて、「でもちゃんには内緒で教えてあげる」と、そう言った。え、何?っておばあちゃんに聞いたら、おばあちゃんがあっちと指さした。その方向を見ると、ひとつの、お弁当屋さん。何が秘密なんだろう?ってもう一回おばあちゃんを見ると、「あそこでお弁当売ってるのは、寿也のおじいさんなのよ」

「本当はもう年だからやめましょうって、お弁当屋さんやめたんだけど、あの子の将来を思うとねいてもたってもいられなくなっちゃって」
「え…じゃあ」
「でも、そんなことあの子に言ったら気にさせちゃうでしょう?だから、まだ秘密なのよ」

それって、それって。おじいちゃんもおばあちゃんもすっごく寿ちゃんのこと考えてるって、こと?じっとお弁当を売ってるおじいさんを見る。おじいさんもおばあさんと一緒で優しげな人。ああ、こんなにも、こんなにも寿ちゃんは…大切に想われてるんだ。

そう思ったら、今ココで悩んでるのが、すごくバカみたい。何が勇気が出ない、なの。なんでほんとうじうじ悩んでたんだろう。はやく寿ちゃんに伝えなくっちゃいけない気持ちがあるのに。

「ね、おばあちゃん」
「ん?なあに?」
「ひとつ、聞いていい?」

そう言ったら、おばあちゃんは微笑んで「なあに?」またさっきと同じように、ううん、さっきよりもさらに優しい笑顔で聞いてくる。それが、温かくって心地いい。

「あのね、…寿ちゃんの事、すき?」

当たり前だよ。何せ、私達は寿也の親になるんだから。そう言って笑ったおばあちゃんは、もう立派な親なんだって、思った。


ねえ、寿ちゃん。こんなにも寿ちゃんは想われてるよ。だから、伝えてあげなくっちゃ。ちゃんと、寿ちゃんは一人じゃないってこと。だってこんなにもこんなにも寿ちゃんのこと、好きな人がいてくれるんだから。

「あのね、おばあちゃん。あたし、やっぱりちゃんと寿ちゃんと話すね!野球、辞めてほしくないもん!それでね、ちゃんと仲直りしてもらうね!」

にって笑ったら、おばあちゃんが「良い笑顔」ってあたしのほっぺたをさすった。やっぱりその手はあったかかった。





  





2009/08/30