MOI et TOI

恋愛Jigsaw Puzzle




次の日、寿ちゃんにこの気持ちを伝えたくって、あたしは今寿ちゃんの住んでるおうちの前まで来ていた。勇気を出して、インターホンを押すと、昨日出会ったおばあちゃんの姿があって「おはようございますっ」って言ったら、おばあちゃんがふわりと笑ってくれた(おばあちゃんのこの笑顔、好き)「寿ちゃん、いますか」って聞いた。でも残念ながら、どっかに出かけてしまったみたい。休日の、まだ9時だって言うのに、一体どこに行ったんだろう。
…でも、なんとなく、あたしは寿ちゃんが向かった先が、わかるような気がした。





ガタン、ゴトン。電車に揺られながら、きっとここだろうって。てゆうかココしか思い浮かばなかったところに来ていた。とある、グラウンド。今日、この日、横浜リトルの試合がある場所。多分、寿ちゃんなら、今日のこの日が試合だってこと、知ってるハズ。そして、あたしの考えが正しかったら、まだ寿ちゃんは野球が好きなハズ。だったら、きっとここにきてる可能性があるんだ。…だって、じゃなきゃ9時に外に出てるわけ、ない。そんな早くから開いてるお店なんて、そうそうないんだからね!

「はあ、はあ」

ようやく試合場までたどり着いたときに、聞こえてくる大きな声援。…なんだか、そんな久しぶりじゃないはずなのに、懐かしい。変わらないメンバーが一生懸命野球してる。そんな彼らを見やってから、あたしはキョロキョロあたりを見渡した。そしたら、ああ、やっぱり。…見覚えのある、ううん、見覚えのありすぎる横顔を発見した。グラウンドから遠く離れたところから、野球を見てる―――寿ちゃんの姿。
ドキドキ、と胸が高鳴る。すごく緊張する。走ったせいじゃない違った汗が、にぎった手のひらにじんわり伝う。どうやって声をかけよう。色々寿ちゃんの姿を発見するまでに練習したはずなのに、もうそんなの頭からすっぽ抜けてる。だって、寿ちゃんの横顔は、すごくすごく悲しげで、そして…すごく、すごく、野球を好きって顔、してたから。

「寿ちゃん」

結局あたしの口から出た声は、寿ちゃんの名前だった。びくり、と寿ちゃんの肩が上下して、でもその顔があたしを見てくれない。

「……喋りたくないって、言わなかったっけ」
「それはあのとき今喋りたくないって言ったから、もう過ぎてるよ」

そんなの屁理屈だってわかってる。だけど、こうでもしないと、きっと寿ちゃんは話しかけてくれない。そしたら寿ちゃんはやっぱりあたしの顔を見ないまま、

「じゃあ訂正するよ。今も、これからもと話したくないんだ」

だから、話しかけてこないで。って、冷たい声。あのとき聞いたときと同じくらい冷たい声。それが、すごく悲しくて、泣きそうになる。でもここで泣いても仕方がない。あたしはぎゅって自分の手をこれでもかってくらい強くにぎって、寿ちゃんの気迫に負けないように、それを遮るように、口を開く。

「やだよ、だって、あたし寿ちゃんに話したい事があるもん」
「僕はと話すことなんてないよ」
「あたしにはあるもん」
「僕は聞きたくないんだよ」

かんぱつ入れずな言葉に、チクンチクンと胸が痛むのを感じながら、ぎゅっと奥歯を噛みしめる。ここで、負けたら駄目。ここで寿ちゃんの言う通り、わかったって言っちゃったら、意味がないんだから。あたしは、寿ちゃんと仲直りする為に、そして寿ちゃんにまた野球をやってもらうためにきたんだから。体育座りをしてグラウンドを見つめている寿ちゃんとの距離をもっと近づけたくて、あたしは寿ちゃんの横に膝をついた。

「聞いてよ!大事なことなの!」

ぐ、って寿ちゃんの肩を掴んで、寿ちゃんの顔を見たら、寿ちゃんはようやくあたしを見た。でもその顔に笑顔はなくて「…なんで、そうなのは」冷たい表情。…負けそうに、なる。だけど、気持ちを強く持って。

「あのね、寿ちゃん。あたし、先生から聞いたの。寿ちゃんの事。すごく後悔したの。傷つけて、ごめんね。それから、監督にも聞いたの。寿ちゃんがリトル、辞めた事。あたし、何も知らなくて…すごく寿ちゃん傷つけたよね。ごめんね」

多分、なんど寿ちゃんにごめんねって言ったって足りない。そんなことわかってたけど、でも言わなくちゃ。ぎゅって寿ちゃんの肩を強く掴んで。

「寿ちゃんを一人にさせちゃったのは、あたしも一緒。でもあたしそれをすっごく後悔したの!だからもう離れないから!傍にいるよ。だから、だから、一人じゃない、から!だから、一人で抱え込まないで!一人で悩まないでっ!ほんとは野球も好きならやろうよ!」

言ったら、寿ちゃんの口から、数秒後大きなため息がつかれた。恐る恐る顔を見上げると、全てを諦めたような、あの眼。それはあたしを見ることなく、グラウンドの方を見てるはずなのに、どこか別のところを見てるような、気がした。そうして、つむがれる、言葉は、残酷。



「良く言うよ。そう言って、いつかは僕から離れていくくせに」



みんなそうなんだ。結局のところ。そう言って、寿ちゃんはぎゅって強く手を握りしめてた。その声に、ついにあたしは我慢できなくってあたしの目から勝手に涙が流れた。ばかっ、泣くな!そう思うのに、無意識に流れてしまって止まらない、でも、本当に泣きたいのは寿ちゃんのはずだ。あたしはいまだに止まらないそれを無理やり拭う。なんとか涙を止めると、ぎゅって唇を噛んで

「た、しかに…あたし、自分勝手だった。寿ちゃんの気持ち、考えてなかった。バカだった。バカだったから、気づかなかったんだ。寿ちゃんがいなくなったら、こんなにも悲しいってこと…っごめん、ね!子どもでごめんねっ。あたしが、子どもだったから、寿ちゃん弱音吐けなかったんだよね…っ」

あたしが頼りないから、寿ちゃんは普通の子供よりも大人になるしかなかったんだ。ううん、大人になろうと頑張ってたんだ。ごめんね、ごめんね。こんな幼馴染でごめんね…っ。「とし、ちゃんごめんね…っ」謝るから、謝って済む問題じゃないかもしれない。それだけ寿ちゃんの心を傷つけたのかもしれない。だけど、あたしは謝る事しかできないのが、歯がゆかった。「…っ」寿ちゃんの顔を見ると、さっきとは違って、歪んだ顔。

「…今更、そんなこと……とにかく、ぼくはもう野球なんてしないし、のことも信じられないよ!」

次の瞬間、あたしの手を振りほどくように、寿ちゃんはすっくと立ち上がった。寿ちゃんの行動を目で追いかけると、立ちあがった寿ちゃんはあたしよりもずいぶん高い位置に顔があって、見上げた先に―――泣きそうな、顔。苦しそうで、つらそうで。ほら、やっぱり。あたしにそう言ったことで、あたしが傷つくことで寿ちゃんも同じように傷ついてる。

ほんとはさっき寿ちゃんに「信じれない」って言われて、すごく、すごく辛かった。そして何より、悲しかった。けど、寿ちゃんをココまで追い詰めたのは寿ちゃんのママやパパもかもしれないけれど、あたしもだ。だから、本当は嫌だけど

「い、い」

また、涙が出てこようとするまま喋ったから、その声は、すごく震えてた。けど、それでも続けて喋る。出来るだけ、大きな声で、ちゃんと、寿ちゃんの耳だけじゃなくって心にも届くように。寿ちゃんと同じように立ちあがって、そうすればほら、近い、距離。さっきよりもぐんと視線が近づいて、

「いいよっ、それでもいいっ」
「え?」

言ったあたしの言葉に、寿ちゃんは驚いたみたいだ。





  





2009/08/30