君とドルチェ
あの事件から(人気投票のやつだ)数日がたった。だからって別に何も変わった事はない。只今、移動教室の為に廊下を歩いていた。音楽室までの道のりを、と歩く。この道は、実はあんまり好きじゃない。と言うのもあたし達のクラスから、音楽室までは三年生の教室を通らないとたどり着けないからだ。先輩達の廊下、ってちょっとだけだけど苦手だったりする。…なんか、独特の雰囲気?みたいな感じがして、一年のあたしはちょっとだけ萎縮してしまう。
だから、今回も少しだけ足早に廊下を通り過ぎた。「ギャハハ!」とかって笑う三年生の先輩(男の人、だ)の声とかが耳に届く。
別にあたし自身、入学して何かあったわけじゃないけど、同じ一年生の中には、先輩からの"およびだし"ってのをされた子もいたりするから、怖い。多分普通に生活してたら大丈夫でしょうっては言ってた、けど。それでもちょっとだけビクビクしてしまう。
その、所為だ。
―――ドンッ
「うわ!」
「ひあ!」
思いっきり、人にぶつかってしまった。見上げれば、あたしよりも全然背の高い、男の人。同い年なわけがない。ここは三年生の廊下なんだから。冷や汗が、流れる。あたしから見た先輩は後ろ向きでどんな顔なのかは全然わからない。「ご、ごめんなさい!!」先手必勝。慌てて謝ると、先輩はこっちを向いて―――目が、合う。そこで、アレ?どっかで、見た事あるような、顔…だと思った。思わず呆けて先輩の顔をまじまじと見つめると先輩はにこりと人当たりのいい笑顔を向けて「こっちこそごめんな、痛くない?」って優しい言葉。そっとぶつかった顔を触られて、ドキっとする。顔が、無意識に赤くなって―――
「だ、だいじょう、ぶですっっ!」
なんだかそれが恥ずかしくって、あたしは急いで先輩との距離を取った。そしたら先輩はぽかんとしたあと、プって噴き出して(あ、でもすごく品のある笑い方だ)それから「そんな一気に逃げなくても何もしないよ」って言うから、まるでエスパーなんじゃないだろうかと思った。「そ、そんなことは!」慌てて否定していると、あたしよりも前を歩いていたがあたしの方に駆け寄って、「何やってんの!」ってあたしの手を掴んだ。思わずバランスを崩しそうになってなんとか踏みとどまったあたしはちょっとだけ早口でまくし立てる
「えへへ、ドジって先輩にぶつかっちゃったの」
すると、ええ?って怪訝そうな顔でがあたしを見た後、先輩の方を見て「……ご迷惑をかけました」ってぺこりと頭を下げた。先輩は変わらず笑顔で「むしろ俺の方がぶつかっちゃったから気にしないで。ごめんね」って。わー優しいなー。さっきまで先輩みんな怖いぞ!ってイメージだったからかなりイメージアップだ。ぽやんとしているとが「じゃあ先急ぎますんで!」とあたしの腕を掴んでその場を去った。あ、もう一度謝った方が良いのかな。考えて、歩きながら先輩の方を振り返ると先輩はあたしに気付いて、またニコニコと人の良い笑みを浮かべてついでに右手もひらひら振って
「じゃあね、ちゃん」
なんで、あたしの名前、知ってるの?そう思ったけど、のあたしを引っ張る手が思いのほか強くて、それ以上何も言えないままその場を後にした。
「東先輩には気をつけた方が良いよ」
音楽室にたどり着いた時、は小さな声でそう呟いた。東先輩。そう言われても、思い当る節がない。でもどっかで聞いた事のある名前だなーとかぼんやりと考えていたらが更に言葉を続けて「さっきアンタがぶつかったっていう先輩だよ」と教えてくれた。ああ、あの人東先輩って言うのか。
「なんで、名前知ってるの?」
「……、それ本気で言ってる?」
「え、うん」
「………」
小さな沈黙の後、訪れたのは大きなため息。
あ、呆れてらっしゃる。恐る恐るを見つめると、とたんに目があって、それからすっとその瞳が細められた。
「現生徒会長じゃんよ」
の言葉が、頭の中で何度も繰り返しリピートされる。…げん、せいとかいちょう。げん、ってことは今ってことで。……どうりで見た事あるはずだ!全校朝礼とかで、挨拶してた人!ああ、どーりで!「ついでに、紗絢ちゃんの憧れの先輩」さらに、納得だ!だから名前聞き覚えがあったんだ。全てのパズルのピースがぴったりとはまっていく。謎解きってこんなことを言うのかな、なんて思って。それから、へらり。と
「確かに、紗絢ちゃんが夢中になるのもわかるね」
かっこよかったもんねーと何ともなしにいったけれど、あたしの言葉にの同意は得られなかった。それが不安になって、どうしたの?と顔を覗きこむと、難しい顔。眉間にしわが寄っちゃってる。「?」不安になって彼女の名前を呼べば、下を向いていたが顔をあげて―――瞬間目があった。
「紗絢には悪いけど、あたしは良いとは思えないな。確かに顔は良いかもしれないけど、良い噂、聞かないし」
「どゆ、こと?」
「…知らないなら知らなくて良いよ。でもとりあえず、かかわらない方が良い」
なんで?そう言いたかった。だけどとっさに言えなかったのは、の顔が真剣そのものだったからだ。あたしの事を本気で案じている、そう思ったら、言いたかった事は言えなくなってしまって、またへらって笑って頷いた。「まあ、かかわらない方が良いって言われなくてももう関わることないと思うけど」だって、相手は三年あたしは一年。どう考えたって接点なんてないんだもん。あたしは生徒会役員に入っているわけでもないし。そう言ったら、は「そうだと良いんだけど」とそれでもまだ腑に落ちないような表情を浮かべていた。
その勘が、見事的中するなんて、このときは全く想像もしていなかったのだ。
あとがき>>徐々に動き始める予定です(笑)
2010.1.9